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しかし、アルコールをとるとなぜトイレが近くなるのだろう。
吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて咳払いした。
「ちょっとトイレ」
仲間達は「おう」と適当に相槌をうった。すぐにいままでの話題にうつる。何の話をしているのかと思いきや、自分たちの彼女の悪口大会だった。けれど口調がとげとげしくない。その顔は笑っている。自分の彼女の悪口を、本気で言うわけがないのだ。
「俺の彼女は料理が下手」
「俺のはねえ、ちょっと口うるさい。かーちゃんみたい」
「なして女ってすぐ拗ねるんだべね」
不満は多少あるが、好きでたまらないといった言い方。言い合っては「あー」と頷きあう。煙草の煙と豚串とアルコールのにおいで充満したテーブル席を、笑いながらあとにした。
座敷の下に置いてあった店のつっかけを履く。すぐ目の前にはカウンター席がある。カウンター前の調理場ではあいかわらず中年オヤジが汗をかきながら串に刺さった肉を焼いていた。
まだいる。佐々木路子が。
気のせいか、ジョッキがまた新しくなっているような気がする。麒麟のマークのついたジョッキ。その中には黄金色の炭酸水がたっぷり入っている。
ここからは彼女の背中しか見えない。小さな背中と、背中をすっぽり隠してしまっている長い髪の毛しか見えない。ひとりで、どんな顔をして酒を飲んでいるのだろう。ちょっと興味もあったが、無視してその後ろを通り過ぎた。
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