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「どうも……明けましておめでとうございます」
知り合いに会って無視をするのもどうかと思ったので、一応挨拶する。
なんだか顔が熱い。酔っているので動悸がする。その状態で路子に頭を下げながら、なぜ年始の挨拶をトイレなんかでしなければいかんのだと思った。こんな汚いトイレのドア口で。
顔をあげたら、路子は不服そうな表情をしていた。
ひとの顔をじろじろと観察したのち、彼女がボソリと言った。
男なんて、バッキャロウだ。
「……は?」
一瞬むっとなる。顔をしかめて路子を睨んでみせるが、彼女はうつろな目でこうつぶやくだけだ。
「男なんてバッキャロウ、バッキャロウ、バッキャロウだこんちくしょう」
綺麗でやわらかな声をしている。だが、その声で罵倒しか述べない。
この女は酔っ払って頭がおかしくなってしまったんだ。そう思うことにした。彼女は目の前にいる男が勤め先の学生アルバイトであることを認識しているのだろうか。
たぶん分かっていない。
あまり綺麗ではないトイレのドア口で路子とすれ違った。アルコールのにおいが鼻をついた。彼女からだ。
路子には無視された。明けましておめでとうございますの挨拶がむなしい。
それでもめげない。
「したら……どうも……」
すれ違った路子に、もう一度挨拶をした。彼女の後ろ姿を見た。長くてつやのある綺麗な髪がそこにあるだけだった。後ろ姿は何も語らない。完全に無視だ。
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