162人が本棚に入れています
本棚に追加
/152ページ
pro. ○ いつもとかわらない正月の朝
ねむれないのは、いまに始まったことではない。
一度も夢もみないまま、夜明けまでビールをのんでぼんやりしていた。
テーブルにはビールの空き缶が五つころがっていた。さみしく光るシルバー缶。テーブルに、からになったはずの缶から液体がこぼれている。気がぬけてしまったその液体がテーブルにしみをつくっていた。黄金色の、べったりしたしみ。いやなしみ。
なにも考えていない。喉だってあまりかわいていない。
でも規則的なリズムでビールをのみ、なくなったらあたらしい缶に手をのばす。オートメーションの機械みたいに。
FMラジオからは最近のポップスが流れている。語りかけてくるディスクジョッキーの話が耳障りだった。軽い口調が気にくわない。
だったらラジオを消してしまえばいいのに。
けれど立ちあがるのが面倒くさい。ステレオのリモコンはどこにいったのだろう。
ラジオがささやく。
(新年明けましておめでとうございます)
(いやー、今年も始まりましたねー。東京の明治神宮はもう、すごい人出らしいですよ)
それはよかったね、と心のながでつぶやいてみる。
東京なんて遠い。ここは札幌だ。
北海道神宮のいま現在の人出も発表されていても聞きながしていた。宮参りなんて行く気がしない。
暖房のモーターがときどき動く。そして、ボーっというにぶい音を吐き出してくる。室内は定温に保たれるように設定されていて、気温が下がるとモーターが動きだす。
響く音はそれだけだった。
モーターの音。ラジオから流れてくる軽い口調の男の声。
それをのぞけばしずかな部屋だった。
最初のコメントを投稿しよう!