はじまり。

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はじまり。

 教科書の惨殺死体が、机の上に転がっている。  カッターナイフでバラバラに切り裂かれた教科書と出会うのは3回目、おとといは表紙だけ綺麗に消えていた。  カバンの中に教科書の死体を詰め込む。一応、全部入った。 「……はぁ」  ため息をつきながら、1人ぼっちの教室を後にする。絶対、現場に鉢合わせたくないから、部活で最後まで残っていて良かった。  おかげで先輩たちから妙に絡まれたけど、この現場を目撃するくらいなら、絡まれた方が5億倍マシだ。  あたしがもう1回ため息をついていると、廊下の端から人影が現れた。 「京香、おまたせー」  見た瞬間に両手を挙げて『美人!』と叫びたくなる整た顔が、あたしの頭上30センチでニコニコ笑みを浮かべている。  瞼に柔らかい栗色の髪がかかっていて、目を伏せると長い睫毛がキラキラ光る。  体は細い。でもガリガリじゃなくて、バランスが取れていて、頼りがいがありそうな逆三角形。  学校で「イケメンは誰?」という話になったら、真っ先に名前が上がる。  それが翔太。  そしてあたしの彼氏で、幼馴染。 「待ってた?」 「ううん。今、部活終わったところ。……知ってるくせに」 「バレた? 弦楽部の部室から見えるんだよねぇ、テニスコート」  たとえば。  あたしがめちゃくちゃ美人だったら、周りも納得するかもしれない。黒髪黒目、手足は細くて、部活は吹奏楽部とかで、超かわいい。容姿端麗カップル。  うん、納得しちゃうよね。  ところがあたしは、容姿はわりとありふれているという自覚がある。それだけじゃない。可愛くしてはいても、それは『量産型』ってやつ。雑誌を真似して、憧れのモデルの真似して、流行りのメイクおっかけて、それでつくったかわいらしさ。  だからみんな、嫉妬する。  だからみんな、いじめを思いつける。  ならブスにはなれるの? 違うの。  じつは、なろうとしたことがある。お菓子をたくさん食べて、太って、ダサい服にして。メイクも手を抜いて、ほぼすっぴんにして。  そしたらね、それまで少しは優しかった子たちも、冷たくなった。  彼女たちは、あたしの気持ちを、見抜いていた。 ── 美人にはなれないから、ブスになろうっていうこと? ── そういうことなんじゃない? そんなに苦しいなら……翔太さんと、別れたらいいのにね  あんな風に、あたしは遠くから、あたしを見られない。  彼女たちみたいに、自分の苦しいを解決するための方法を、見つけられない。  背中で揺れる切り刻まれた教科書の代金は、今月の新作コスメよりずっと高い。  翔太は、あたしだから好きになったって、そう言ってくれる。  でもね、あたしが、普通だから、ありふれてるから、量産系だから。だから。 ── あいつが選ばれるなら私だって ── どうして私じゃなかったの? ── あの子と何も、変わらないのに  そう思う子が、いっぱいいた。だからあたしの教科書はぼろぼろだし、先輩たちからはめっちゃしごかれるし、クラスのSNSには入れないし、陰口すごいし、仲良しなんていないし。 (いじめなんかじゃない……ないはず……)  翔太と過ごすには、必要なことのはず。  でも翔太と付き合うのはこの先もきっと、特別な子じゃないと、認められない。   「翔太、あのさ」 「ん?」 「どんなあたしでも、好き?」 「うん、もちろん」  笑顔で言い切る翔太を、見上げる。西日が差し込んで、とても眩しくて、きらきら輝く翔太の睫毛が、本当にきれいで……。  だからあたしは、山へ登ることを決めた。  おまじないを、はじめようって。
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