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それから。
真夜中の神社で撮影した笑顔の彼女が、真四角の黒い額縁の中から、私に微笑みかけている。手紙に書かれていた私の名前を見て、ご両親が叔父へ連絡をくれた。そして私は彼女の死と、昨夜、彼女が山へ来なかった理由を知った。
交通事故で、京香さんは昨日、亡くなっていた。
小さな村のセレモニーホールには、彼女の同級生の親御さんたちが、たくさん来ている。同級生は合わせる顔がないのか、誰も居ない。
「学校中から、いじめに遭っていたって」
「ええ。なんでも、楠さんとこの男の子と付き合ってたからって……嫉妬に合って」
「言えなかったのかしらね……」
そう囁く人々の間をすり抜けて、私は翔太さんの姿を探した。そして会場から離れた河原のほとりに、じっと座り込む彼を見つけた。
近づいてくる足音に気づいたのか、彼は驚いた様子で顔を挙げた。あんな話をしている人たちがいる場所だ。居づらいだろうし、そもそも、行きにくかっただろう。
「あの遺影を撮影した……城ケ崎です」
静かに頭を下げると、彼が目を丸く見開いた。
彼女が言っていたように、光を反射する緑色を帯びた目の色は、とても美しかった。
「……楠翔太、だ。えっと、遺影を撮影したって?」
「あの子が亡くなる、7日前から、山の神社で会う機会が多かったんです。そのうちあの子は、私と仲良くしてくれて、写真を撮りました」
今日も首から下げている一眼レフカメラを、持ち上げる。
「あいつは、京香は、山で一体何を?」
「ダイエットと言っていました。それから稲荷様で、お祈りを。……でも、何を祈っていたか、私は教えてはもらえませんでした」
「そう、なのか……」
「けれど、察することはできる」
私は何枚も現像した、彼女と見た風景の写真や一緒に夜更けの道を歩く彼女の写真を彼に手渡した。彼は震える手でそれを受け取り、ぎゅっ、と胸元へ抱きしめる。
彼女は、彼のことが好きだと言っていた。
どんな自分でも隣にいていいと言う、彼のことが。
「彼女は、特別になりたい、と、言っていたから」
「……とく、べつ?」
「ええ」
彼女には伝えていないけれど、私は彼女に昼間会ってみたくて、探したことがある。そして、夕焼けの中で、彼と一緒に下校している彼女を見つけた。
私は迷わずシャッターを押した。
何度も、なんども、シャッターを押し続けた。あまりに堂々としているから、盗撮だとさえ思われなかったみたい。
その写真も、現像してある。
並んで歩きながら、茜色に輝く空と山々を背景に、楽しそうに笑う彼と彼女。そんな体験を経験したことがなくても、何故かなつかしく、何故か幸せな気持ちになり、甘酸っぱいと表現するがふさわしい色を想像する、そんな光景だ。
私は、彼に、写真を渡した。
「盗撮については……ごめんなさい」
頭を下げる。私の顔の左右に、あの子が褒めてくれた黒く長い髪が、さらさらと落ちる。
「あなたはそれだけ、キラキラしている。きっと、あの子にもそう見えていた」
「京香……」
「あなたの、キラキラに、見合う子になりたかったの。きっと」
彼は泣いていた。写真を抱きしめて、ずっと。
きっと彼女は、彼の特別になったことでしょう。
もう二度と忘れることはできない、もう二度と忘れることは許されない。儚く優しい思い出になった。
誰から何を言われても、彼女はもう何も気にすることはない。だって聞こえないし、分からないから。
そして彼女の死は、決して彼のせいにはならないだろう。あまりに偶発的だから。
そして彼女の両親が、彼のせいにしないだろう。それは娘からさらに逃げることだから。
聞けば、あの子供は、どうやら彼女の教科書を切り裂き、SNSから締め出し、あれこれ痛めつけてた主犯格の弟だったとか。田舎の噂話は、とても速い。もっと早くに、その速さを発揮してほしかった。
可愛い弟を、命を懸けてかばってくれたのは、自分が傷つけ続けた人間だったと知って。
実は娘が、家族へ辛さを少しも打ち明けずに逝ったと知って。
……果たして、それらは、何を思うだろう。そもそも彼女は、こんな風な願いをしていたのだろうか。
「この結末を知っていたら、あなたはお願いを、はじめなかったのかしら」
結果論を呟いて、私は彼の泣き声へ背を向けたのだった。
おわり
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