愛しい君の残り香に微睡む

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今日もまた、僕は君の残した香りに包まれ……微睡む。 * あれはとても寒い日。 天使の羽根のような真っ白な雪が ふわり ふわり 舞っていた。 僕はたった一人、白が舞い降りる公園で震えていた。 気が遠くなりそうな程に寒く凍える公園に、 あの日……確かに、天使が舞い降りたんだ。 「あら、こんにちは」 「あなた、一人なの?」 「今日は寒いでしょ?」 「私の家で暖まっていきなさい」 君の笑顔はとても綺麗で、可愛らしくて。 僕の心臓は高鳴った。 そう。 僕はあの日、恋をした。 綺麗な君に。 * 「今日のご飯はどうかしら?」 君は魔法使いでもあったんだね。 君の料理はとても美味しい。 でも。 君の笑顔を見ると、美味しい料理がまた美味しくなる。 君の笑顔は魔法のスパイスだ。 夢中で食べる僕。 嬉しそうに笑う君。 とてもあたたかかった。 とてもしあわせだった。 僕と君、二人きりの毎日は。 例え君の視線が、 飾り棚の写真立てに……色褪せた写真に向けられていたとしても。 それでも僕は幸せだった。 愛しい愛しい君。 君に出会えた奇跡に、僕は心から感謝した。 * ある朝、僕は目を覚ます。 いつも早起きな君が、今朝はまだベッドの中。 瞳を閉じて、穏やかな表情を浮かべている。 君と僕が出会ったあの日から、 どれ程の月日が流れたのだろう。 僕は君の愛らしい頬に……そっと口づけた。 愛しい愛しい君。 僕はまた、微睡みに落ちる。 賑やかな音。 騒がしい声。 「梅子さん、老衰なの?」 「いい年でしたものね」 「あらやだ、何この黒猫」 「梅子さんが何年か前に拾ってきたらしいわ」 「気味悪いわ」 喪主は……。 葬儀は……。 沢山の人間たちが、君を連れ去った。 君はもう戻らない。 僕は悟った。 さよならは……言えなかったね。 ありがとうは……伝わったかな? 君の家はあたたかかった。 君の腕の中はあたたかった。 君の料理は美味しかった。 君の笑顔は素敵だった。 君と一緒の毎日は……幸せだった。 いつも「ありがとう」と言っていた。 君には「にゃあ」としか聞こえなかったかな? 僕は君を愛していた。 君が人間で、僕が猫でも。 僕は君を愛していた。 君は空へ還ったんだね。 僕にぬくもりと、香りだけを残して。 写真の彼とは会えたかな? どうか……どうか、幸せに。 ありがとう。 遥か遠くに旅立った、僕の愛する愛しい君よ……。 * あれからまた月日が流れた。 埃だらけの君の家に、まだ僕は居る。 君の寝具に微睡み、君の香りに包まれて眠る。 今日もまた、僕は君の夢を見る。 羽根のような雪の舞う、凍える冬の日。 小さなミカン箱に入れられ、置き去りにされた僕を。 小さな身体を震わせていた僕を。 抱き上げてくれた君。 包み込んでくれた君。 天使のように美しく、綺麗で可愛らしい君。 僕は君に会いに行くよ。 夢の中の君は、あの頃のまま。 年老いても綺麗で愛らしい微笑みを浮かべ、穏やかな眼差しで僕を見つめている。 End.
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