機械人形は涙を知らない

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今日も私は創造主の為に生きる。 指定された時間に起動し、 家事に勤しむ。 指定された仕事をこなし、 指定されたノルマをこなし、 指定された時間に電源を落とされる。 創造主の喜びが私の喜び。 * 「違うだろ」 人間の男が言う。 あぁ、またか。 この男は毎回毎回……飽きると言う事を知らないのか。 「お前との押し問答につき合う気はない」 「“早く帰らなければならない”……お前の事情はわかってる。だから放課後じゃなくて昼休みに呼び止めたんだ。この時間なら話はできるだろ?お前……友達いないんだし」 「機械に友達など必要ない」 こんな男に構っていられない……と、パンを口に運ぶ。 「そのパン、美味しいか?」 「創造主が与えてくださったものだ」 「美味いか不味いか聞いてんだけど」 「創造主が私に与えてくださったものは、全て有難いと感謝の念を抱いている」 「つまりは美味しくないと……だろうな、ジャムも何もついていない食パン1枚だもんな。まさかお前、3食それか?」 「食べられるだけでありがたい」 「だから……それは虐待だって言ってんだよ!?」 男は怒鳴る。 「お前は人間なんだよ!!人間で、まだ子供なんだよ!!そんなお前に家事を何から何まで押しつけて、与えるのは毎食パン1枚。これは立派な虐待だっつってんの!?」 あぁ……本当に面倒だ。 「私は機械だ。機械が創造主に尽くすのは当然だ」 何度も繰り返した言葉を口にする。 またいつもの押し問答が始まるのか。 “機械は食事しない” “機械は排泄しない” “機械はそんなに窶れない” “機械はそんなに手や指先が荒れない” “機械はそもそも怪我をしない” “血管がないんだからそんな風に痣なんてできない” そうやって、私が機械でないことを熱弁するのだ。 しかし、どれ程熱弁されても……私が機械である事に変わりはないのだ。 創造主に尽くすのは当然の事。 創造主に何をされても受け入れるのは当然の事。 私は機械……機械に人権など存在しないのだ。 * けれど、男はその日……いつもの熱弁を振るわなかった。 「……わかったよ」 そう呟いて、すんなりと引き下がる。 望んでいた静寂が訪れた……その筈なのに。 涙が止まらないのは何故だろう……。 * 殴られる。 蹴られる。 声が出ないよう、口にタオルを突っ込まれて。 原因はなんだったっけ? 夕食の味つけが好みじゃなかった? 浴槽に汚れが残ってた? ……思い出せない。 私は機械。 けれど流石に……疲れてしまった。 いっそ、このまま機能停止できたら楽なのに……。 不意に、インターフォンが鳴った。 創造主の一人が離れていく。 身体への負担が少なくなった。 その安心感か……私は意識が次第に遠退いていった。 * 気づいたら、白い部屋。 清潔なシーツに、独特の消毒液の匂い。 そして点滴。 ぼんやりと天井を眺めていると……。 「起きたか?」 「お前……」 あの男だ。 「説得しても無駄だと思ったから、勝手に動いた。現行犯逮捕だから、お前の両親は間違いなく罪に問われると思う」 「…………創造主が……」 「騒がないんだな」 「少し……疲れてしまった……」 「…………」 「いや、違う。私は機械。だから心が無いのかもしれない」 男はふっと笑みを浮かべる。 「機械はそんな風に泣かねぇよ」 「私は泣いて……いるのか?」 「あぁ……つーか、泣いていい。思いっきり泣け。もうお前を傷つける創造主はいない」 男の言葉に、次から次へと涙が溢れてくる。 ……止まらない。 「院長先生にも話した。俺の施設に来られるといいな。院長先生も、職員も、施設のみんなも、すごく良いヤツばかりだ」 「……え?」 男はシャツを捲り上げる。 男の腹部には、傷や火傷の跡が刻みつけられていて……。 「俺も虐待されていた。だから機械であろうとしたお前の気持ちも分かる。あれはお前なりの生きるための手段だ。努力だ。でも……な」 男は私の身体を起こし、座らせると、冷たいものを手渡した。 「施設の子供たちが作ったプリンだ。お前のことを話したら、今まで頑張ってきたお前にって」 男にスプーンを渡されたので、掬って口に入れる。 「甘い……」 「プリンだからな」 「何だろう……わからないけど…………」 涙が堰を切ったように溢れ出す。 「心地よくて……安心して……何だろう…………」 「“美味しい”って事だろ?」 「これが……“美味しい”…………」 涙が止まらない私の頭を、男が撫でる。 「機械であろうとしたお前を、否定はしない」 「…………」 「でも、もう創造主……お前を抑圧してきた両親はいない。お前は自由だ」 「…………」 「焦らなくていい。ゆっくりでいいから、これからは人間として生きていこう。“お前自身”を取り戻していこう」 美味しいものをいっぱい食べながら……な。 あれ程嫌っていた男の言葉が、今はとても心地よい。 施設の子供が作ってくれた手作りプリン。 涙でほんの少しだけ、しょっぱくなってしまったけれど。 その甘さで、しょっぱさで…………私が……心が……身体が……穏やかに和らいでいくのを感じた。 「私は……人間になれるだろうか…………」 「なれるというか……戻れるさ。最初からお前は、人間だったんだから」 End.
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