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１話 お婆ちゃんの家にて
昨年逝去した母方の祖母から譲り受けた郊外の小さな一軒家。生前の祖母がひとり暮らししていた家だ。
その数年前に祖父が亡くなり、祖母は念願の夢であった田舎暮らしを始めたのである。祖父は都会っ子で便利の良さから離れられない人だった。
「あ〜暑いぃぃぃ！ どうしてこの家エアコン無いんだよぉ」
その家の畳敷きの客間で真島潤がぐったりして言うと、今の持ち主の息子戸塚薫が苦笑して潤に冷たい麦茶を入れてやった。
「婆ちゃんがいらん言うたからな。まぁ俺もこの暑さには参るから付けようか思っとるけど、なんせ金がな」
「まぁエアコン高いもんねぇ」
潤は言うと力任せにうちわで風を起こす。その風が潤の少し長めの黒髪をさらりとそよがせた。
「それより潤、お前もうすぐ資格試験なんやろ。こんなとこに来んと家で勉強せなあかんのんちゃうんか」
潤は資格マニアで、役に立つ立たない関わらずいくつかの資格を取っている。今もその勉強中なのだが、朝薫が車で家を出ようとしていた時に遊びの誘いの連絡があり、祖母の家に行くからと言うと「僕も行くー」と言って来たので、途中でピックアップしたのだ。
「息抜きだよいーきーぬーきー。趣味だけど勉強漬け疲れたよぉ。薫もこの暑いのになんでこっちに来てるの？」
「たまには風通したり掃除したりしたらなあかんからな。この家は母ちゃんが気に入っとんねん。母ちゃんも田舎好きでな。やっぱりばあちゃんと親子やねんなぁ。ほんまは掃除も母ちゃんが来たがってたんやけど弟が受験やからな。世話したらなあかんし」
「ああそっか。優くん大学受験なんだっけ。大変だ〜。じゃあお婆ちゃんが亡くなった時、こっちに引っ越して来ようって話とかにはならなかったの？」
「それはならんかった。こっち来たら父ちゃんも俺も出勤が大変やからな。なんせ駅から徒歩３０分や。俺はともかく父ちゃんの会社は自動車通勤あかんらしいしな。そこは母ちゃんも分かっとるから言い出しもせんかったわ。優の通学も大変になるしな」
「そりゃあそうか。毎日徒歩３０分はきついよねぇ。麦茶お代わりちょうだい」
潤が氷だけになったグラスを掲げたので、薫はピッチャーから麦茶を注いでやった。続けて自分のグラスにも入れる。
「そろそろ昼飯の時間やな。そうめんでええか？」
親戚から桐箱でたくさん送られたもので、母親に「昼に食べぇ」と数束持たされたのである。
「良いよ〜。こんだけ暑いんだもん、そうめんぐらいしか食べる気が起きないよ〜」
「だな。母ちゃんと相談してこの客間だけでもエアコン付けたいよなぁ」
薫が言って立ち上がると、「にゃあ」と透き通る様な可愛らしい声が届いた。
「あ、猫だ」
見るといつの間にか縁側に黒猫がちょこんと座っていた。
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