君の世界が美しい理由

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「君の描く世界は美しいね」 「そんな事言うのはお前だけだよ」 僕の言葉に、君は俯く。 そうだね、君は悪名高き画家。 君の描く世界はグロテスクで、常人からは酷評される。 でも、僕は知ってるよ。 君は世間が求めるような光ある絵も描けるんだ。 公園でひとりぼっちの少年に、 たくさんの動物たちと楽しそうに駆け回る姿を描いて渡した。 傷だらけで涙を流す少女に、 沢山の天使や精霊に抱かれ微笑む姿を描いて渡した。 雄々しく聳える山々を。 清々しくも荘厳な滝を。 静かに佇む透き通った湖を。 木漏れ日の輝く深緑の森を。 病院や、福祉施設に寄付しているのも知っている。 けれど君は、グロテスクな絵を描き続ける。 グロテスクな絵を公表し続ける。 どんなに酷評されようとも、君は描き続ける。 「これが俺だから」 「これが俺の描きたい世界だから」 そう主張して描き続ける。 * 「だから……君の絵は美しいんだ」 君が描く絵は、本当に君が描きたいと思った世界。 君が素直に心に従い、内側から引き出した世界。 誰にも媚びず、顔色を疑うことなく、描き出した純粋な世界。 何物にも染まらない、純度100%の君の世界観。 「本当に、美しい」 君の描く絵が。 君の描く世界観が。 ……そして君が。 「もし、俺の描く世界が本当に美しいなら……」 俯いていた君が、顔を上げる。 「それはお前のおかげだよ」 ポカンとしてしまった僕に、君は笑う。 「俺だって人間だ。何度も何度も酷評されれば心も折れるさ。もう描きたくないって思う時もあった。世間のニーズにあった、光ある絵に切り換える事も考えた。アマチュア画家に戻って、別の仕事の傍らで趣味で描くのもいいかなと思うことさえあった。でも……」 君は微笑む。 「その度に、お前の顔が頭を過るんだ。俺の絵を称賛してくれる、お前の言葉が耳に響いた。だから俺は立ち上がれた。そして今も、胸を張って自分の世界を描き続ける事ができている」 俺の描く世界が、今も変わらず美しいなら。 それはお前が傍にいるから。 お前がいるから、俺は地に膝をついてもまた立ち上がる事ができる。 「ありがとう……俺はお前に、心から感謝している」 穏やかに微笑んだ君は、面食らってしまった僕に何かを押しつけた。 「感謝の気持ちだ」 君に押しつけられたもの。 それは額に入れられた1枚の絵。 「ちょっと待って、僕はこんなに凛々しくもないし、美しくもないよ」 それは夜闇に純白の翼をはばたかせ、片手に灯火を持ち、もう片方の手を導くように手を差し出す、凛々しく美しい僕の姿。 「俺は他人に媚びた絵は描かない。素のまま、ありのままを描き出す」 「知ってる」 「だから俺の瞳には、お前の姿はそう映っている……そういう事だ」 ありがとう、俺の導き手。 お前が道を照らしてくれるから。 俺はどんな暗い夜道でも歩いていける。 俺の世界が美しいなら、それは傍らにお前がいるからだ。 君の言葉に、僕は涙を溢した。 君の絵は本当に美しい。 君の描く世界は本当に美しい。 君の心は純粋で、本当に美しい。 ありがとうを言わなきゃいけないのは僕の方だ。 感謝の言葉を伝えなきゃいけないのは僕の方だ。 描き続けてくれてありがとう。 君の次回作が見たいから、僕もまた立ち上がる事ができるんだ。 「君の絵に、君の世界観に……君に出会えて僕は本当に幸せだよ」 * 君の世界が美しい理由。 それは君の心が美しいから。 そして、君の世界には感謝が溢れているから。 End.
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