15 ハナレテイク

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15 ハナレテイク

 タカ君の家に着く頃には、もうあたりは暗くなっていた。また夜になってしまった。昼間になにかしたかったのに、動物園へ行ったものの盛り上がることはなく、恋人らしく手を繋ぐこともなく、ただラーメン屋に入って買い物に行って帰って来た。買い物といっても、ぶらぶらと当てもなくショッピングセンターの中を歩いただけだ。なにも買わなかった。タカ君が服が買いたいというから、この色なら似合う、このデザインはいいと思う、とアドバイスしたのになにも買わずに帰って来てしまった。  私の上に跨って、キスを何度も落とす。唇にも、首にも、鎖骨にも、胸にも、腹にも。  はじめてセックスした日のことを思い出していた。「名前を呼んで」と言ったり、「好きだよ」と言いながらお互いの身体を求めていた。それなのに、今はなにも言葉をかけてこない。 「タカ君、好きだよ」  私から耳元で囁いた。  一瞬、動きがピタッと止まった気がした。でもすぐに「俺も」と返事が返ってきた。気のせいだろうか。いや、気のせいだ。  腕を背中に回して、胸に顔を埋める。離したくない。どうして、今こうして一緒にいるのにこんなにも遠く感じるのだろう。どんなに身体が繋がっても、なにかが繋がっていない。どんどん遠のいていく。それを繋ぎとめておくことはできないのだろうか。  夜中、すやすや眠るタカ君を起こさないよう、そっとベッドから抜け出した。どうしても眠れない。一緒に眠ろうとすると、心が痛む。なぜだろう。  鞄の中から手紙を取り出し、小さなライトを付けた。  タカ君に見つかるかもしれない、そんなドキドキを味わいながら、でもどうしても続きが気になった。  さっさと読み切ってしまおう。そしたら、捨ててしまおう。燃やしたって言い。久米茉莉は、この手紙をタカ君に渡すつもりではなかった。だから、拾った私がどう処理したっていいはず。読み終わったら、このことを忘れよう。手紙なんてなかったことにしよう。こんなもの、いつまでも持っているからいけないのだ。                 ***  そんなとき、生理が来ないことに気が付いた。手帳で調べてみたら、予定日から一週間も遅れていた。  今まで生でしたって、こんなことにはならなかった。いろんなことを考え過ぎていたから、生理が遅れているのだと私は勝手に思い込むようにしていた。それでもやっぱり不安で、相談しようと裕美に電話をすると、「大丈夫だよ、気にしすぎだって」と言ってくれると思っていたのに、全然見当違いのことを言われてしまった。検査薬を試せと言うのだ。「試さなきゃいけない? そんなにまずいこと?」と訊くと「まずいことだよ。彼氏の子ではないかもしれないんでしょ?」と言われた。  タカ君は必ずコンドームを付ける。それも、中学や高校の保健の授業で習ったように、ちゃんと。 「タカ君はちゃんと避妊するもん。勃起したらすぐにつける」  笑ってほしくて言ったのに、裕美は一切笑わなかった。 「笑えないって。あんた、そろそろ遊びやめるべきじゃないの。なんでそんなに遊ぶの。タカ君が本当は好きなんでしょ? いい加減、素直になりなよ。それで、タカ君にもちゃんと相談しな」  御尤もだ。でも、本当のことを言われると、どうしてもイライラする。 「もういいよ。自分でどうにかするから」  裕美がなにかを言う前に電話を切った。これでなにもかも終わりだ。自分で自分をダメにしている。わかっている。わかっているけど、どうにも止められない。  翌日、タカ君に連絡した。元々会う約束だったから、今日はどこへも行きたくないから、タカ君の家でゆっくりしたい、と要望を言っておいた。約束の時間に、タカ君の家に着いた。少し散らかっていた部屋を、わざわざ片付けてくれたのだろう。いつもよりきれいになっていた。  家に入ってすぐ、コートを脱いでタカ君に抱きついてキスをした。  そのままベッドに倒れ込み、タカ君のシャツをめくろうとした。すると、手で押さえられる。  タカ君はゴムを切らしていると言った。でも私は気にしなかった。「いいよ、ゴムなんてなくても」と言うと、不思議そうな顔をして「なぜ?」と訊かれた。「妊娠なんてしないって」という私の言葉に、タカ君は怒った。いつになく真剣なまなざしで、ドキッとした。  「俺たちの関係って、そんなんじゃないでしょ。お互いをもっと大事にしなきゃいけないんじゃないの?」とタカ君は言った。もしかしたら、タカ君は私がしてきたことを知っていたのか。そんな関係ってどんな関係だろう。私が今まで遊んできた男たちは、タカ君の言うそんな関係。私とタカ君は、真剣に交際しているからそんな関係ではないと言いたいのか。私は散々遊んできた。タカ君とも。 私はふざけて「妊娠するのが怖いだけでしょ」と言った。「怖いとかそんな理由じゃない!」タカ君は怒鳴った。  なぜか、涙が止まらなかった。馬鹿なのは、私だ。なんてひどいことを言ったのだろう。タカ君が私のことを真剣に考えてくれているとわかっているのに、私はいつも真実から逃げようとする。向き合うことが怖かった。                 ***  手紙から視線をタカ君の寝顔へ移した。久米茉莉は本当にあまのじゃくだ。タカ君にとって、久米茉莉は今どんな存在なのか。もしくは、どういう人間だったと記憶しているんだろう。しかし、ここまで惚れこんでいるタカ君の気がしれない。久米茉莉のなにがよかったの? 今ここで、タカ君を揺さぶって、眠りから覚ましてでも聞きたい。久米茉莉は病気だ。頭がおかしくなっている。性病くらいは、本当に持っていたかもしれない。それでも久米茉莉を忘れられないのはなぜ? と。でも、我慢した。  久米茉莉がゴムなしでもいいと言ったのは、仮に浮気相手の子を妊娠していたとしても、ほぼ同時期にタカ君としていたらバレないということだろうか。久米茉莉はやっぱり、タカ君の子どもを産みたかったのだろうか。妊娠をきっかけに結婚しようと思ったのか。わからない。考えるだけで気持ちが悪い。  手紙はあともう少しで終わりそうだった。でも、読む気力がなくなってしまった。静かに手紙をしまい、冷え切った手をベッドの中に入れる。タカ君の背中にくっついて、無理やり目を閉じた。タカ君の寝息が私の身体にも伝わって来た。あたたかい。 目が覚めたら、タカ君に抱きしめられていますように。そう願いながら意識を手放した。
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