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「○○事件のニュース見た?」
「怖いわよねぇ……」
「あんなに何人も殺しちゃうなんて……」
「人間じゃない、化け物だわ」
また始まった。
私はスルーしてケーキを頬張る。
んー、美味しい。
ほんのりビターなチョコレートが、ケーキの甘さをキュッと引き締めて……最高。
「ねぇねぇミノリ、○○事件のニュース知ってる?」
うわ、名指しで指名された。
……っていうか、その話題まだ引っ張るんだ。
「犯人、何であんなことしたんだと思う?」
「やっぱり頭おかしいのかな?」
「絶対狂ってるって!!ねぇ、ミノリ?」
知らんがな。
……まぁ、強いて言えば。
「育ち方。もしくは親の育て方の問題でしょ」
「はぁ!?何でそこで親が出てくんのよ!!」
自分から尋ねておいて、望む答えが返ってこないとキレるのか。
「ユカちゃんは、私が何て答えれば満足したの?」
「満足とかそういう問題じゃなくて、空気を読めって……」
「はい、そこ」
私はケーキを頬張りながら言う。
「日本人はコミュニティを組みたがるし組ませたがる。理由は簡単。何らかのコミュニティに所属させておけば個人的な行動や発言を制御することができる。日本人は空気を読む事が必須スキルだと思ってる。だから空気の読めない発言をするヤツはこうやって攻撃の対象になる。空気の読めないヤツをコミュニティに攻撃させ、潰すことで組織の……そして国家の統一感が強まるわけだ。だからいじめはなくならない。いじめがあった方が、支配する側にとっては都合がいいからね」
うん、この紅茶もなかなかだ。
もう少し、ミルクが欲しいところだけど。
「で、親は子供をコミュニティから孤立させないため、子供がいじめられるのを避けるため、子供の個性を徹底的に潰そうとする。学校というコミュニティで目立たないように、でも周囲に自慢できる程度にほんの少しだけ優秀に……と、子供に型を押しつけるわけだ。そしてはみ出た部分は容赦なく切り捨てる。そこがその子の才能の芽であってもだ。才能の芽を刈り取られた子供には代わりに劣等感が芽生える。好きなものを奪われた子供には鬱憤が溜まる。それは大人になっても消えない。むしろ放置すればする程それらは膨張する」
もしかしたらガムシロップの代わりにハチミツを垂らすのもありかもしれない。
この茶葉、何処で手に入るか後で店員に聞いてみよう。
「それ以前に、親のいない子がいる。両親共に不在で、施設や養父母の元で育っている子供。シングルマザー・シングルファザー家庭で育っている子供。親が再婚し、連れ子という形で育っている子供。こういった子供は大震災に遭遇したレベルの深いトラウマを抱えている。安全な実の両親から離されるっていうのは、子供にとっては生命を脅かされる恐怖だからね。大人になってもPTSDに悩まされる……でも、周囲も本人もそれが大したことだと思わない。特にシングル家庭や再婚家庭。今は離婚やシングル家庭なんて珍しくも何ともないから、それが子供を傷つけるとも、それが原因で自分が傷ついているとも、彼らは思わないわけだ。結果、震災遭遇レベルの重いPTSDが放置されて悪化する」
紅茶シフォンケーキもいいな。
たっぷりのホイップクリームも添えて。
ビターなチョコレートを砕いてふりかけるのもアリかもしれない。
「他にも虐待とか、いわゆる毒親家庭で育ったとか、兄弟姉妹間の差別がすごかったとか色々あるけど、だいたい育った環境や育てられ方で性格はプログラミングされる。だから殺人鬼は、殺人鬼に育つように親や周囲にプログラミングされたんでしょ。最も、それはあくまでもプログラムだから自分自身で修正できる。その修正を怠った犯人の自己責任ではあるけどね」
ケーキと紅茶を思う存分堪能して顔を上げると、みんなの目が凍りついていた。
全員“母親”だもんね。
シンママも多いし、連れ子を連れて再婚した人も何人かいる。
私の言葉が真実だろうと正論だろうと、彼女らの思いはこうだ。
『独身女に私らの苦労の何がわかる』
……うん、アンタらの苦労なんて知らんがな。
「あ、私そろそろ帰らなきゃ。今日はありがとう。自分の分は払っていくわ。またね」
まぁ、話題の紅茶とケーキは食べたし、もうこの場に用はない。
「(ねぇ、ミノリってさぁ……)」
「(仕方ないよ。あの子昔から頭おかしかったもん)」
「(発達障害か何かじゃない?)」
「(あれじゃ絶対結婚できないよね)」
「(アレは一生独身の方がいいって、あんな理屈っぽい女に育てられたら、子供が可愛そうじゃん)」
さっそくボソボソと私の悪口大会が始まる。
私が店を出たら、大声で語り出すんだろうね。
そして最後はLINEをブロック……まぁ、お約束だよね。
どうでもいいけど。
「すみません店員さん、先程の紅茶の茶葉ですが……」
*
「よし出来た☆」
紅茶のシフォンケーキ・ビターチョコとオレンジを添えて。
そして紅茶を入れる。
ミルクたっぷり、ハチミツほんのり。
写真を取って、SNSに投稿して、そして堪能する。
うん、想像通りの美味しさ。
*
彼女たちからしたら、三十路を越えても結婚しようとしない私は異端者なのだろう。
あの殺人鬼同様……化け物。
でも……私にとって、今この瞬間は充分幸せだ。
「まぁ、このシフォンケーキの美味しさを共有できる誰かがいたら幸せかなとは思うけど」
彼女たちのように、空気を読んで話を合わせるのが“人間”なら、私は“化け物”で構わない。
スマートフォンを見る。
たくさんの【いいね】や『美味しそう』『お腹すいた』『レシピ教えてください』のコメント。
私の幸せをほんの少し、誰かにお裾分けすることができたみたいだ。
「殺人鬼や他人の悪口で盛り上がるのが“人間”なら、私は世界で一番幸せな“化け物”になるよ」
さぁ、次はどんなスイーツを作ろうか。
End.
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