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高次に流れるもの
大津は荒れていた。
伏見城(京都の城)で戦さが勃発したからだ。しかも、これは前哨戦にすぎない。家康か三成のどちらかが敗れるまで、この戦火は日本全土に広がるだろう。
「戦じゃ戦じゃ。さっさとずらかるぞ」
町人の中には荷物をまとめて家を出る者も少なくなかった。伏見城はここ大津から2里(約8km)ほどしか離れておらず、いつ飛び火してくるとも限らない。
しかし、中にはお祭り騒ぎのようにはしゃぐ者もいた。事実、戦がおこれば見物人もできるし、その一挙一動が酒の肴にもなったりする。町人はしいたげられるだけではなく、雑草のような強さも持っていた。
「大阪が挙兵したようだが、お主はどうなると思う?」
「一週間で伏見城が落ちるとみた」
「してその後は」
「大津に攻めてくるだろうな」
「おお怖い怖い。ほたる様じゃあかなわんのお」
「確かに」
「どうじゃここで一つ賭けをせんか。ほたる様が東軍につくか、西軍につくか」
「面白い。乗る」
高次は戦国の世ではある意味異端であり、その行動に興味を持たれていた。しかし、それは名将のような魅力があるわけでも、傾奇者のように胸騒ぎをさせるわけでもなく、たんに頼りなかっただけだ。
「ほたる様は弱い」
「ほたる様も別に悪い人ではないが」
蛍大名という名は、今や町人から百姓の隅にまで行き渡っている。
その当の高次は天守にいた。
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