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京極の先祖
高次と門斎は駆けた。
瀬田の唐橋を通って琵琶湖の東岸を抜け、中仙道に入ると陽炎の奥に碧色の伊吹山が見えた。その方面へ真っ直ぐ進めば、右手に石田三成かつての居城、佐和山城が見え、通りすぎると、伊吹山と鈴鹿山脈に挟まれた狭道に出た。深い森である。
道なりに進めば、二重層の山門が見えた。
「ここか」
霊通山 清瀧寺徳源院。京極家の菩提寺である。
名家の名に恥じぬ華やかな寺だった。広大な敷地の中に古松が立ち並び、枝を交差している。
高次はここに来たことがあるはずだが、記憶にはなかった。
「京極高次と申す。僧正殿はおられるか」
若い学習僧が出てきて対応してくれる。
「高次様というとあの蛍大名様ですか?」
といって僧は慌てて口をつぐんだ。申し訳ないほどに低頭して無礼を詫びている。
「いや、気にしなくて良い」
蛍大名、これほど聞き慣れた言葉はない。普通なら怒り散らし切り伏せてしまうのだろうか。しかし、高次には怒りも悲しみもわいてはこない。
「少々お待ちください。呼んでまいります」
しばらくすると俊道僧正が出てきた。かなりの老齢だが声は若々しかった。雰囲気がものやわらかく、それでいて気品を感じさせた。
「いやはや、高次様、立派になられましたな」
「わしを知っておるのか?」
「こんな小さい頃」
僧正は膝の位置に手の平を下げている。ここは高次が生まれた場所であり、幼少期の短い間を過ごしていた場所だった。
「門斎様もお久しぶりです。しかし、どうせ来るなら秋が良かった。この寺の紅葉は格別です」
「う、うむ」
ーーこれが俊道僧正。霊を知るものか。
高次は改めて僧正を見た。自分の周りにいる武将然とした奴等とは全く違う。しかし、門斎のような野獣を目にしても何らおくびることなく、むしろ堂々としている。高次は、このものが何を話すのか興味がわいた。
「ささ、それよりも一杯お茶でもどうでしょう」
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