51人が本棚に入れています
本棚に追加
美形である。
名家の血を受け継いだ証拠であろう。しかし、性格はどうだ。源平合戦で活躍し、500年間近江の国を守護してきた一族の勇猛果敢さは見られなかった。
表情には影が差している。思案していた。
「高次様。どちらに付きましょう? ご決断を」
問うのは京極家代々の家臣、安養寺門斎だ。老将である。
「家の命運がかかっている。そう簡単に決めれん」
高次は腕を組み目線を落とした。
京極家は一世一代の岐路に立たされている。いや、京極家だけではない。日本全土が不安のなかで揺れていた。
時は事変。
豊臣秀吉の死後、徳川家康と石田三成は天下を二分して日本史上最大の戦を起こそうとしていた。
全国の諸将は東西どちらにつくか決めなければならず、その選択で家の存続が変わる。しかし、高次はいまだ決められず、どちらにも良い顔をしていた。優柔不断な男である。
「時勢をみれば、徳川殿の勝ちは明らかだ」と高次は言った。
「ならば東の味方に」
「馬鹿を申せ。徳川殿は大津城に籠れという。それは死ねと同意語だ」
東西どちらにつくか、普通の大名であれば、勝ち馬に乗れという気分で強そうな方に味方する。
しかし、大津城は京の玄関口といえる交通の要衝のため、両軍とも喉から手が出るほど欲しており強要されていた。その中でも家康の要求は熾烈だった。大津城に籠り西軍を分断せよという。
無理だ。
高次ほど戦が下手なものはいない。
「では西の味方に」門斎は決断を迫る。
「いや、三成殿では徳川殿には勝てん。器量が違う。西に味方をすれば、京極家は戦後、取り潰されるだろう」
三成の要求は兵を出すことだ。家康よりは軽い。しかし西に付きたくはない。無論、東にも付きたくはない。矛盾しているが事実であった。どちらに付こうが高次にとっては破滅の道となる。
「まだ決めれん」高次は目を泳がせた。
「もはやそんなことを行っている場合ではありませぬ。だから蛍大名などと馬鹿にされるのです」
蛍大名。
高次の秀麗な容貌を例えた異名ではない。"本人は力がないくせに親族の七光りだけで出世した奴"という侮蔑の意味が込められている。
むろん、不名誉だ。
しかし事実、高次の人生は失敗だらけだった。
最初のコメントを投稿しよう!