京極の先祖

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「僧正殿、わしがここに来たのは昔話のためではない。京極の先祖に会う方法はないのかと思ってきた。何か知らぬか?」  門斎は、はっとしたように背筋を伸ばし、高次の話に同調した。 「僧正殿は確か昔、霊を見た、とのことを言っておられたはず。それを思い出しまして訪れた次第です」 「先祖の霊に会いたい、ですか。墓ならありますが、墓ではなく霊に?」 「左様。霊だ」  僧正は目を点にした。当然だ。未だかつて幽霊を見せろなどという輩には出会ったことがないはずだ。 「霊……。確かに私は見たことがあります。いや、霊というべきか、それはまばゆい光でした」 「まばゆい光とな」 「南を見ると大きな山が見えましょう。霊山と言います。寺の山号、霊通山も、霊山から取っています」  高次は縁側に出て南を見た。巨大な山がそびえたち、空にのっぺりとした大地が広がっているように見えた。  霊山(現在は霊仙山と呼ぶ)。鈴鹿山脈の最北に位置するこの山は標高1094mと巨大であり、古来から山岳信仰の対象となっている場所だった。日本武尊(やまとたける)伝説の残る伊吹山と共に、北近江を代表する霊峰である。 「私はまだ修行僧だったころ、この山でその光を見ました。勝手に神の思し召しだと思い込みましたよ」 「その光が霊か」 「分かりません。でも否定もできないでしょう。霊山は先祖の霊が宿る場所だと言い伝えられております」 「京極の先祖の霊も霊山に?」 「可能性はあります。京極家は鎌倉以前より北近江の守護をしていました。霊山によって敵の侵攻から守られ、また霊山を守ってきました。もしかしたら、先祖の霊も然るべき場所へ行くかもしれません」 「然るべき場所。それが霊山か」 「そうです。ただ、会えるかどうかはわかりません。が、高次様の天運ならもしかしたら」  高次が明智光秀に与したとき、京極家は完全に滅亡するはずだった。しかし、妹のおかげとはいえ、蛍大名と卑下されながらも未だしぶとく生きている。奇跡といっていい。天運という言葉で締めるには格好がつかないが、高次の運命は不思議な星の元にあるとも思えた。 「しかし、もう今日は遅い。明日行かれるのが良いでしょう」  高次と門斎は顔を見合せ頷いた。  行こう。霊山へ。
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