天下無双の男

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天下無双の男

 太平洋の太陽はぎらぎらと燃え、空気を溶かしながら重々しく降りそそいでいる。しかし、その暑さも、笑い声に揺れる船のもとでは意味をなさなかった。 「はぁーーっ。いよっ、あそれっ」  船上で一人の大男が、能のようなそうでないような躍りをしている。たくましい。身長は六尺(約180cm)。引き締まった肉体から汗がほとばしり、その所作は力強く優雅だった。内容は支離滅裂に見えるが、本人に言わせれば戦の神摩利支天(まりしてん)を表現しているらしい。  これが立花宗茂、天下無双の男である。  筑後柳川城主。兵数4000。  目付きは鷹のように鋭いが、纏っている空気は、歴戦の将とは思えぬほど爽やかだった。人を惹き付ける空気感を纏っている。    宗茂の踊りを見ながら、家老から雑兵にいたるまで、大いに囃し立て、笑い、騒いでいた。  異様な光景といっていい。  しかし、宗茂にとっては普通のことであった。人と人との間に壁を作らず、嘘をつかず、真っ直ぐ、誠実に、それでいて陽気に接する。これが宗茂にとっての普通であった。主君と家来の関係というよりも、気心の知れた仲間といった方がいい。 「宗茂様、次は拙者にも踊らせてくだされ」 「面白い。見せてみよ」  十時(ととき)連貞(つれさだ)。これまた大男である。宗茂の右腕ともいえる猛将だった。 「わっはっはっは。やれやれ、もっとやれ」  ずしんとした振動が木板にはしり軋む。ミシミシとした音が聞こえても誰も気に止めることもなく、その場、その瞬間を楽しんでいた。立花の海路はずっとこのようであった。  宗茂はいっそう大きな声で笑うと、輪の中から外れ、船倉へと向かった。
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