天下無双の男

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 薄暗い船倉の中に一人の老人が背を向けて屈んでいた。宗茂の存在に気付くと顔を向けた。 「外は賑やかですね」 「ああ、面白い。お主も踊らぬか」 「某は結構です。似合わないでしょう」 「たまには良いぞ」 「ご冗談を」  老人は小野鎮幸(しげゆき)という。立花家、古参の猛将であった。職人気質な所がある。外の世界になど興味がないかのように、一心不乱に鉄を磨いていた。 「ふらんきの調子はどうだ?」 「上々です」  船倉の中には滑車があり、その上にあるのは禍々しい鉄の造形品だった。人の体の二倍はあるであろう大きさ。色はくすみがかったような暗緑色で、細長く、先端には丸い穴が、背中には四角形の大きな穴が空いている。圧倒するような迫力があり、あたかも龍の模造品でないかとさえ思える。  franky。当て字で仏狼機(フランキ)と書く。  口径9cm。全長290cm。  大砲である。  これはかつての主君から譲り受けたものだ。  宗茂の主君、大友宗麟(そうりん)*はイエズス会との関係が濃厚であった。キリスト教の全面的な布教に協力することを約束し、かわりに特権的な貿易を認められていた。特に力を入れていたのが、武器の輸入である。  その取引で最大の物が仏狼機砲だった。戦国の世に初めて現れた日本最古の大砲で、輸入後、自国でも鋳造して開発を試みていた。宗麟の死後、これらの大砲を宗茂が譲り受けている。  原始的な後装砲で、照準が合わないなどの弱点も多数持ちながら、火縄銃を主体とする戦国の世では、その威力は絶大だった。 ※大友宗麟:キリシタン大名。洗礼名は、フランシスコ・ザビエルから名をもらってドン・フランシスコとしている。
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