霊山

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「立派な城だ」  八講師城の跡影に門斎は吐息を洩らした。  大津城の荘厳さとは対を成すといっていい。大津城は幾何学的な美しさの集大成である。それに比べて、八講師城跡には泥臭い人の匂いが残っていた。  その泥臭さに門斎は感心していた。土を堀り、土を盛り上げて堀が作ってあり、その上に石垣が組まれている。大掛かりな土木工事の跡がありありと見えた。見た目より機能を重視した作りだ。では美しくないのかと言われればそうではない。自然の威力を感じられる。この城もまた霊山の一部に思えた。 「勇敢に戦った証拠がここに残っておりますわ」  門は壊され、城は細にいたるまで焼け崩れている。  石垣には長い年月こびりついたであろう血糊が残っていた。  門斎は物思いにふけるように空を仰いでいた。自身の戦いを思い出していたのだろう。それは高次も同じであったが、心を動かすには至らなかった。  門斎はいよいよ勇み足になった。 「先を急ぎましょう」 「門斎。老体には堪えそうだな」 「なんの。まだ高次様には負けませぬ」  門斎は競争するように足を早めた。一度小山を下りて、また登っていった。しかし、それもつかの間、直ぐに速度は緩くなった。  汗拭き峠と言われる所についたのだ。勾配が急になり、細いつづら道がヘビのようにうねっている。名前の通り、汗が止まらなく、拭きながら登るため汗拭き峠と言われている。  辛い。  誰も一言も発しなくなり、ただ黙々と歩いていた。高次は、先導していた門斎をいつの間にか追い抜いていた。
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