霊山

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 ーーこの道に沿ってただ真っ直ぐ歩けばよいのだ。  高次は自分に言い聞かせていた。ただ登るだけで良い。やるべきことがはっきりしているのは楽だった。当然、肉体的な疲労はある。しかし、考えなくて良いということが高次にとっては至福であった。  代わり映えのない景色が続く。上も下も、見渡す限り針葉樹だ。川もなければ、分かれ道もない。それが良い。思考が透明にされていく。戦のことなど考えなくても良くなり、霊のことなども考えなくてよくなり、様々な立場から解放されて、一人の人間として己と見つめ合う時間になった。  テク。テク。  足を進めるたびに思い出すのは自分の人生だった。織田信長の人質だったこと。本能寺の変の後、明智光秀に味方したこと。  山崎の戦い(秀吉 対 明智光秀)。  賤ヶ岳の戦い(秀吉 対 柴田勝家)。  秀吉が天下をとるために重大な戦いだったが、高次にとっても重大な戦いだった。高次もその戦いに参戦し、指揮を振っていた。  ーー蛍大名なものか。わしは人質という自身の運命に逆らって、己の力を信じて、自分の意思で道を選んできたじゃないか。  高次は活躍できなかった。戦いに負けた。しかし、妹の竜子が秀吉の側室になり、竜子の懇願で助けられた。高次は淀殿(秀吉の側室)の妹を正室に迎え秀吉と義兄弟になり、大津城主になった。  他人からの恵みで華やかな生活に変わった。  ーー違う! わしが求めていたのは。求めていたのは……。あっ!  景色が急に変わった。木々が途端になくなり、視界が開けたのだ。
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