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天気が急速に変わっている。
空が曇った。今まで広がっていた青い空が嘘のように乱層雲がうごめき、日の光を閉ざした。
高次は立ち上がろうとしたが痛みがはしった。
ーー痛っ。腰を痛めたか。しかし、歩けんほどではないな。
高次は石に手をかけ立ち上がった。風が強くなっている。高次の右頬に湿った風が打ち付けられていた。山の天気は変わりやすいというがこれほどか。高次は、一歩一歩確かめながら歩いた。
次第に雨が混じる。その一粒一粒が確かな重量を持ち、石つぶてのようになった。右側から吹いていた風はいつのまにか四方から吹き荒れようになっている。高次は体を丸めて、前屈みになって歩いた。
ーーええい。くそ。わしはこんなものには負けんぞ。
また突風が吹く。高次の左側に体当たりのような衝撃があり横飛びした。後頭部を石にぶつけたが意識はある。
ゴロゴロと稲光の音がし始めた。雨粒は大きく、地面と平行に走り、空を流れる濁流になっている。
高次の体は濡れ、体温は下がっていた。体に力が入らない。
ーー負けん。負けんぞ。
窮地に陥った高次の心から湧き出てくるものは、意外にも負けん気だった。戦国の世を生き抜いてきた数多の雄と同じ、力強く生きようとする意思だった。
高次は抱腹して進んだ。頂上を目指していた。理性ではない。本能だった。失ったものを拾いなおそうと、無我夢中で進んだ。
大きな石のところまで動いて雨の銃弾を避け、すこし雨足が和らいだらまた這って前進する。しかし、高次の体は傷付き、濡れ、体温が奪われていった。
高次は死を実感した。
今までの人生、死にそうになったことは何度もある。しかし、それは全て政治的な意味合いで、なまの実感を伴っていなかった。
今、はじめて高次は一人の人間として死を実感していた。しかし、負けなかった。
高次を軟弱者だというものは誰だ。臆病者だと罵るものは誰だ。世間ではないか。儂は違うぞ、と高次は吠えた。
光速で移り行く時代が高次を檻に閉じ込めた。立場が高次を鎖でしばった。蛍大名という呼び名が高次にまとわりつき、あたかも能無しだとレッテルを張った。確かに戦は下手だった。しかし、高次の心の奥底に眠るものは、燃えるような魂なのだ。
ーー生きる!
高次は這った。
這って這って這うと、頂上が見えてきた。その山頂にまばゆい光が見えた。いや、よく見ると寺だ。
ーー良かった。寺に入れば助かる。
高次はまた這った。
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