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三河武士
伏見城が西軍に包囲されてから13日がたった。二の丸、三の丸に火の手が上がり落城寸前といえる。しかし、諦めている者など一人もいなかった。伏見城主、鳥居彦右衛門の闘志が雑兵の骨の髄にまで染み渡っているからだ。
本丸に50人の兵士が集っている。演説しているのは鳥居彦右衛門その人だ。62歳の老人だというのに、その体からは鋭気がみなぎっていた。
「皆のもの良く聞け。伏見城が落ちるのはもはや時間の問題だ。だが、そんなこと当の昔に知っておろう。わしらはもとより死ぬ命だ。ではわしらの使命は何か。西軍を一分一秒でも長く釘づけにし、一人でも多くの命を奪い、家康様が西上する時間を作る。それがわしらの指名だ。そうだろう?」
兵が一斉に沸き上がった。
彼らは三河武士という、家康直属の兵だった。皆、死を恐れていない。自分の命は家康のためにある、と一点の曇りもなく信じきっており、家康のためにその命を昇華させようとする戦闘集団だった。
「ならば、これより最後の戦を仕掛ける。兜の緒を締めよ。全員、討ち死にせよ。行けい!」
兵達はそれぞれ武器を手にとり一人残らず駆けていった。
彦右衛門は本丸に残っている。杖を着いていた。30年前に受けた鉄砲傷が原因で片足が使えない。気持ちでは、戦場を駆け回り、斬って斬って斬りまくりたかったが、体がいうことを聞かない。
彦右衛門は待っていた。おそらく自分が最後の一人になるであろう。その時、苛烈な死に様を見せつけ、三河武士がどういうものか、家康を敵に回すとはどういうことか示さねばならない。
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