三河武士

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 城内から絶えず叫び声が聞こえる。決死の咆哮であった。死にものぐるいで戦っている光景が彦右衛門の目に浮かんだ。 「耐えた。家康様、伏見城は耐えましたぞ」  13日。1800対40000という20倍以上の兵力差がありながらこれだけ耐えられたのは奇跡といっていい。  そもそも籠城戦は後詰めがなければ、勝ちようがない。逆にいえば、後詰めがあるからこそ有効な戦略とも言える。  伏見城の場合、後詰めは家康本隊であるが、奥州にいるため期待などしようがない。最初から時間稼ぎが目的なだけの籠城戦だった。必ず負け、必ず死ぬ籠城戦だった。   「13日か。上出来だのう」  叫び声が近くなる。彦右衛門は刀に手をかけ、鞘を捨てた。死などは怖くない。むしろ、自分にとって最高の死に場所ができたことが嬉しくあった。 「見つけたぞ。鳥居彦右衛門だ。弥五郎、参る」  弥五郎という兵が刀を持ち、彦右衛門に斬りかかってきた。彦右衛門は怪我した足を地につけ片足立ちになっている。弥五郎は振り上げた刀を真下に降りおろしたが、彦右衛門はそれよりも速く弥五郎の腹を横に裂き、その勢いのまま横転して刀を避けた。 「片足が使えなかろうが簡単に討ち取れる鳥居彦右衛門ではないぞ」  西軍の兵が続々と集まってきた。しかし、彦右衛門の圧におされて次の者は出てこない。 「来ぬか。西軍どもは腑抜けか。臆病者め」  その声におされて、一人二人と斬りかかってくるが、彦右衛門はことごとく斬り伏せた。
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