進軍

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「それについては考えたが、熊磨は逆に安全だ。秀頼様の人質だからの。三成殿は豊臣家のためと言ってはおるが、実質、秀頼様はこの戦に関わっておらん。わしが西軍から寝返ったとしても、秀頼様が熊磨の首を跳ねることはあるまい」 「確かに。しかし、もしもという事も……」 「言うな。可能性は0ではない。しかし、熊磨にとって真の不幸は、わしが情けない姿を取り続け、誇りを傷つけることなのだ。わしは誇りを取り戻す。自分のためにも、周りのためにも。これは熊磨のためでもあるのだ」  高次は決意を胸に秘めた力強い目をしていた。 「門斎。わしは戦うぞ。頃を見て大津城に急ぎ戻り、籠る。籠城戦だ」 「籠城……戦……。戦って死ぬつもりですか」 「違う。勝算はある。家康殿本隊が後詰めに来るのを待つのだ。さすれば、我らが籠城したとしても、容易に軍を派遣できまい」  高次の発言は間違っていない。伏見城籠城が敗れたのは家康本隊があまりにも遠かったからだ。もし後詰めがあれば、その結果は違っていただろう。 「なるほど。しかし、家康殿が後詰めにこなければ?」 「それでもよい。家康殿が近江の近くにいるだけで充分すぎるほどの牽制になる。西軍もうかつに攻めては来れん」  高次の頭は冴えていた。 「それに、いざというときは、この瀬田の唐橋を壊せば、大阪方は西軍本隊に援軍を送ることもできなくなる上、西軍本隊も又、大津に兵を送りこめなくなる」 「我らでその援軍を足止めすれば良いということですな?」 「そうだ。家康殿が勝利を治めるまで耐える。それまで大津城と共に戦うのだ」  門斎は高次の目を見て、その奥底に燃える炎を見た。感動していた。高次はやはり京極の血を受け継いでいたのだ。将としての器を持っていたのだ。 「しかし、家康殿はいまだ関東。西上には時間がかかるやもしれません」 「だから、亀の速度で進軍するのだ。戦に怖じ気づいているように進むのだ。ナメクジのようにじわじわと時間稼ぎをする」  門斎は息を飲んだ。 「不自然ではない。わしだからできる時間稼ぎだ」  高次の言葉には魂がこもっている。 「わしは今まで蛍大名だった。しかし、これからは違う。蛍大名になりきるぞ」
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