51人が本棚に入れています
本棚に追加
誤算
八月も末。大谷吉継は加賀(石川県)にいた。
日本海の海は西軍の混乱を表現するかのように荒れている。亡霊のうめき声のような海鳴りが嵐の到来を予期させた。
この日、吉継は三成からの早馬で信じられない報を聞いた。
「馬鹿な。岐阜城が1日で東軍の手に落ちただと? かつての織田信長でさえ落とせなかった城だぞ」
「はい。そのようでございます」
「信じられん。天下にその名を轟かした堅城がわずか1日か」
「どうやら、そのようで……」
「東軍は化け物か」
西軍が美濃や北陸攻略もまだ終わらぬうちに、東軍は驚くべき速度で西上していた。7月24日に三成挙兵の報を聞くと、すぐさま反転し西を目指した。8月10日には尾張(愛知県)清洲城に入っており、23日に岐阜城を攻略した。その後、三成は一戦を交えるが、負けて撤退した。大垣城に戻ると、各地に散らばった諸将に文を送っている。
吉継はその文で現状を知った。
「三成はなんと申しておった?」
「関ヶ原で決戦を挑むつもりとのこと」
「そうか。では我ら大谷軍はこれより三成本隊に加勢しに向かう」
吉継の決断は早かった。しかし、一つ憂いがあった。後詰めでくるはずの高次のことである。
「蛍大名めは今どこにおる?」
「それがまだ琵琶湖北の賤ヶ岳です」
吉継は元より高次を当てにしていない。しかし、これから刻一刻と変わるであろう事態に対応するため、高次の居場所を確かめた。
ーー遅い。しかし、ちゃんと北上はしているか。良かった。
「では高次殿には引き続き北陸の攻略にあてさせよ。兵を滞在させるだけで戦はせずともよい。加賀の前田に元々戦意はない。おそらく戦にはならん」
「はは。ではそのように申しつけておきます」
最初のコメントを投稿しよう!