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吉継は急ぎ兵を走らせた。しかし、どれだけ行っても、高次の兵を捕まえた報告は聞かない。賤ヶ岳を越え、琵琶湖の北岸に来た頃、ちょうど夜になった。そこで、兵の一人が血相を変えて吉継に報告してきた。
「吉継様!」
「慌ててどうした?」
「琵琶湖に、琵琶湖に舟が」
「落ち着け。舟がどうした?」
「高次殿の兵が舟で逃げています!」
「京極の兵は2000の人数ぞ。その人数が一度にか」
「その人数が一度にです」
琵琶湖を何百という舟がうごめいていた。全て京極の舟である。琵琶湖の北岸を出て竹生島の横を通り抜け、南岸の大津城を目指す舟だった。
吉継は目が見えない。琵琶湖をそれだけの舟が一斉に動く光景を想像できなかった。
「それほどの舟をどうやって用意した? いや、用意する時間はいくらでもあったのか。あやつはまともに進軍もせず、何をしているやら、亀のようにのろのろと」
吉継は膝を叩いて悔しがった。急ぎ捜索もさせたが時すでに遅し。京極軍は誰も残っていない。吉継は自分自身に怒りをぶつけた。
「なぜほうっておいた。くそっ! 奴のことを舐めておった!」
よく晴れた秋夜だった。
琵琶湖の透明度は増し、鏡になったその湖面は月を映して、さらさらと揺らめいている。しじまは味わい深く、音の一滴も残していない淡海は、行軍の跡を微塵も感じさせない。既に舟は一艘もなくなっていた。
「わしが出し抜かれたということか……。蛍大名に……」
吉継は呆然とした。
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