籠城

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籠城

 九月三日。  大津城に戻った高次は徳川家康に籠城の旨を報告するため早馬を走らせた。内容は、籠城して大阪と西軍本隊を分断する、というものである。  いよいよ高次は退くに退けない所まで来てしまった。高次の膝は笑っているが、武者震いといっていい。当然、怖くもあるが、奮い立つものも確実にあった。  しかし、兵は戸惑っているものが多かった。それもそうだ。突然、大津城に引き返すと言われ、戻ってきたら籠城すると知った。あまりに唐突な方向転換である。混乱しないはずがない。  まずは、皆の意思を統一させる必要がある。それは城主である高次の仕事だった。  高次は兵を集め演説した。 「皆のもの。聞いてくれ。わしは蛍大名と呼ばれておる。その意味は説明するまでもないだろう」  高次の凛とした声が響いた。 「わしは今まで、この呼び名を忌み嫌っておった。しかし、今は違う。わしは蛍のように生きたいのだ」  皆が高次の顔を仰ぎみた。口元は引き締まり顔付きは精悍だった。涼やかな目元に熱がこもっている。威厳があった。ここにいる高次は、皆が知る高次でないことは明白だった。  元々、秀麗な容姿を持っている。そこに臆病者、軟弱者、優柔不断と不の言葉が積み重なって影を落とし、頼りない印象を与えていた。今の高次はそれらの言葉と決別している。名家の血にふさわしい漢の姿になっていた。
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