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「できん。わしの決意は固い」
竜子は袖で涙を拭うと、高次と目を合わせ離さなくなった。
「なぜです? 醜くとも恥をかいても生きると言ったのはお兄様ではないですか」
「ああ、言った。だがそれは間違っていたかもしれん。誇りをなくして生きることは辛い。取り戻さねばならんのだ」
「誇りを取り戻す……。だから籠城だと言うのですか?」
「そうだ。戦わねば京極の誇りを取り戻せん」
高次は竜子の目を見据えたまま続けた。
「いいか竜子。この戦、十中八九徳川殿が勝つ。さすれば、西軍についたものはことごとく罰せられよう。その昔、わしは本能寺の変のあと明智殿についた。負けたものがどうなるかは痛いほどわかっておる。京極家の家運を開くには東軍につくしかないのだ!」
「それは身分が惜しいだけではないのですか? たとえ西軍につき負けたとして、所領は没収されても、お兄様が殺されることはありますまい」
「身分を守るためではない。誇りを取り戻し京極家を再興させるためだ!」
「そんな。私のことを考えてはくれないのですか?」
「違う。これは皆のためでもあるのだ。わしは、わしに関わる者に、惨めな思いをもうさせたくない」
「うそ」
竜子は泣きじゃくりながら錯乱した。高次は竜子を押さえ込んだ。ひ弱な体だった。高次も決して腕力は強くないが、折れてしまいそうな腕だった。
「竜子。聞いてくれ。わしは強くいきるということがわかったのだ。一人で耐え忍ぶことではない。信頼できるものたちと共に歩むことなのだ。竜子、お前には長らく一人で戦わせてしまった。これからは、わしが一緒におる。お前は、もう大阪に戻るな。ここにおれ」
「おうっ。おうっ。ぐす。ありがとうございます。しかし、それならば、戦わずとも良いでしょう?」
「お前のためだけではない。わしに付き従ってくれる者達に、これからの居場所を作らねばならん。戦の上でしか、それは手に入らぬ」
「うう。どうしてもというのなら、最後ぐらいお兄様と一緒に誇り高く死にましょう」
「死なん! 誇りをもって生きるのだ!」
竜子は返事をせず、高次の腕のなかでうなだれていた。
「わしの決意を示そう。竜子、わしの背中を見ておれ。勇気を与えようぞ」
高次は一呼吸おいた。
「これから大津の町を焼く」
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