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その夜、高次は数百の兵を連れて、町に躍り出た。
「高次様。本当にいいのでしょうか?」問うのは山田大炊介だ。
「当然だ」
城下町を焼き払うのは、籠城戦では常套句でもある。建物が残っていれば、それが敵軍の宿となり、矢弾から守る盾となり、奇襲するときの隠れ蓑ともなる。敵に塩を送ることになるのだ。
大炊介は高次に行けと言われ、油を担いで町中を駆けていった。
「それにしても見事な町になりましたなあ。昔が懐かしい」
そういいながら門斎は油を撒いていった。高次の町作りを間近で見てきており、その思いはひとしおだった。だが、惜しんでいるわけではない。門斎は高次の決意に応えようとしていた。
「これは戦のための町ではない。戦に使われるぐらいなら、この手で焼こうではないか」
高次は自分の決意を示すかのように、松明に火をつけた。ごうごうと燃える炎は眩しいほどであった。それを投下すると、瞬く間に炎は広がり、黒い煙を上げていく。賞賛するようなパチパチとした音がなり、高次はこの町から激励された思いがした。
大津の町の散り際は綺麗だった。高次は別れの言葉を言った。
ーーわしはこの町がすきだった。今まで有り難う。無駄にはせん。この灰の上に、京極の誇りを取り戻すぞ。
その決意を映すかのように、琵琶湖は真っ赤に煌めいている。
高次はこの光景を目に焼きつけようとしていたが、やがて視界が潤ってきた。涙が自然と溢れてきたのだ。上を向いて止めようとすると、頭上でとぐろを巻いている煙に気付いてむせてしまった。そのままむせび泣いた。
使者は帰さない。町は焼いた。
徹底抗戦の表れだ。
この日を境に、西軍は武力行使に方針を切り替えた。
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