湖南の要塞

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湖南の要塞

 湖畔の風は(とき)の音をのせている。  琵琶湖の南岸にあった城下町は焼け、かつての風雅な町並みは残っていない。変わりにあるのは野蛮な匂い。数万の兵がひしめきあい、人馬の熱気で溢れかえるその様は、血に飢えているようにも見えた。  しかし、この誰もが一度は立ち止り、琵琶湖に面した城を見上げ、その美しさに見惚れ、一瞬喧騒を忘れた。  大津城。  琵琶湖にせりだすように荘厳な石垣がそびえ立ち、その最奥で四層五階の天守閣が天を衝いていた。純白の漆喰は青空に溶けている。天下に比類なき水城である。  慶長五年九月八日  その天守に、無くした誇りを取り戻そうとする男がいた。  『蛍大名』京極高次。その人である。  天下分け目の大戦の直前、大津城にて地獄の籠城戦が始まった。
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