湖南の要塞

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 一方、西門では赤尾伊豆と孫左衛門が活躍していた。こちらが相手するは毛利元康本隊である。  赤尾伊豆の体が脱兎のように戦場を飛び回っていた。長槍を体にぴたりと寄せて素早く動き、狙いを見つけては、首元めがけて突き刺す。静と動を巧みに使い分けていた。  しかし、元康軍もただ黙っていたわけではない。体勢を立て直して、攻勢に転じようとしていた。 「今が機ぞ! 西門が開いておる。進め進めい! 三の丸に入れば我らの勝ちじゃあ」  籠城戦の肝は、門をどう突破するかという所にある。門の攻略が最も難しい所であり、そこさえ突っ切れば落城寸前まで追い込んだと言っていい。  つまり、この白兵戦は奇襲として成功しているものの、敵に侵入をゆるす諸刃の剣でもあった。  戦局を冷静に見ていた孫左衛門は、元康軍が体勢を立て直す前に兵を戻そうとした。「戻れ、戻れい」と戦おうとする者の尻を叩く。  橋の両脇に赤尾伊豆と孫左衛門がたった。「まだか。急げい」と怒号が飛ぶ。  間一髪。皆城内に戻れた。しかし、門はまだ閉じていないのに、元康軍は一塊となり、すぐそこまで迫ってきていた。 「今じゃ! やれい!」  孫左衛門の喝と共に、城壁の挾間や瓦の上から火縄銃や弓矢が顔を出した。 「撃ちまくれ! なにも狙わんでよい。撃てば誰かにあたる」  一斉射撃が始まる。一瞬のうちに硝煙と轟音に包まれた。  元康軍がみるみる倒れていく。鰹の入れ食いである。一塊となっている群集だ。言葉通り、撃てば誰かにあたった。  慌てて逃げようとする者と進もうとする者が混合して秩序はなくなり、味方同士で押し合っていた。格好の的でしかない。更に人が倒れる。  門は悠々自適と閉ざされた。 「なんということだ……」  元康の顔が青ざめる。 「これは本当に蛍大名なのか?」
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