導かれるままに

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導かれるままに

 孫左衛門が大津城を立ったのは九日の夜である。  深夜、一艘の小舟で琵琶湖の東岸に渡った。湖上に敵船は二艘あったが、黒塗りの舟と黒装束に身を包んでいたため、夜の闇に上手く溶け込めていたため気付かれなかった。  しかし、ここからが難題である。美濃へ行くには中仙道を通るしかなく、西軍の兵で溢れ返っており見つかることは必定である。しかも、東軍本隊の構える岐阜城へ行くには、三成のいる大垣城を通らねばならない。 「抜け道はどこかにないのか……」  思案に暮れていた孫左衛門を導いたのは奇跡の光だといっていい。東にあるのっぺりとした高い山の山頂で何かが光っていたのだ。鈴鹿山脈の最北の山、霊山である。時刻は丑の刻。月の光でないことは確かだった。  孫左衛門はその山へ向かって行った。なぜそこへ向かったのかはわからない。だが、足が勝手に動くのだ。それに、ここを通り抜ければ、中仙道を通ることなく岐阜城へと行ける。  導かれるように、獣の臭いの立ち込める山道へと足を踏み入れた。  薄くぼんやりとした光が道を照らしているように見える。いや、幻覚かもしれない。しかし、山に足を踏み入れた以上、その光に従うしかなくなった。常に遭難のリスクが付きまとっているのだが、その光があれば大丈夫だという根拠のない安心感があった。  孫左衛門は歩きながら、得体の知れない何かに後押しされているような気持ちになった。自分へなのか、それとも高次へなのか、いや、京極そのものへなのかは分からないが、鼓舞する声が聞こえる気がした。  ーーわかった。信じる。そして、高次様のためにこの任務を全うするぞ。  孫左衛門は足を速めた。
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