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「言えぬ」
高次は大炊介の顔色をうかがった。門斎のように蔑色を示すのだろうか。しかし、大炊介は謙虚に頭を下げた。
「ご無礼つかまつりました。侍大将の分際で聞くようなことではありませんでした」
「いや、よいのだ」
高次の方がうろたえてしまう。
「山田大炊介。戦になったあかつきには、決死の覚悟で望みます。何卒宜しくお願い申し上げます」
大炊介は忠誠心をこと更に強調すると、山を駆け下りていった。
ーー戦になったあかつきか。
大炊介の言葉が反芻する。
戦は起きる。それは間違いのないことだ。どれだけ逃げようとしてもその真実は影のように付きまとう。
曖昧な態度を取り続けることは赦されない。大津城は東軍にとっても西軍にとっても戦略上重要な意味を持つ。戦禍から逃げ切ることは不可能と言っていい。
高次は影を振りきろうと、また山頂から大津城を見下ろした。しかし、長等山の高次にはなれず、その重い現実を思考から排除することができなかった。
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