あと三日

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あと三日

 二の丸に戻った兵は誰も喋らない。ただ疲れていた。だが気持ちまで死んでいる分けではなく、むしろ前向きだった。立花と一時でも互角にやり合えたことが自信になっていたのだ。 「みな、よくやった」  高次は労いの言葉をかけて回った。 「高次様こそお疲れ様です」 「神々しいお姿でした」  みな明るく話すが、よくよく見れば凄惨だ。負傷をしている者も多く、高次自信、頬に一ヶ所、腿に一ヶ所の傷を負っている。興奮して痛みは感じないが、損害は目に余った。 「お兄様。よくぞご無事で」竜子が駆け寄ってきた。 「言ったろう。わしは死なんと」  竜子の頬には涙の後が見えた。心配でたまらなかったのだろう。 「また明日も戦うのですか?」  高次は黙りこんだ。  当然戦いたい。しかし、西軍の攻撃を防ぎきれるのか。可能性は残っている。三の丸は落ちたが、二の丸との間にも堀はある。そういう意味ではいまだ大津城は健在である。だが、また砲弾を撃ち込まれたらどうする。立花の猛攻はどうする。対処する術はあるのか。 「お兄様? もしや悩んでおられます?」 「お主は心配せんでもよい」 「お兄様。私はお兄様の姿から勇気を貰いました。でも」 「高次様! 孫佐衛門が帰ってきました!」  竜子の話をさえぎり、思いもかけぬ朗報が舞い降りた。東軍本隊の様子を窺いにいっていた孫左衛門が帰ってきたのである。 「高次様。井伊直政殿に会って参りました」 「孫左衛門。ご苦労であった。どうであった?」 「決戦の日がわかりました」 「なんと」 「場所は関ヶ原。日は十五日」 「十五日か。二日後ではないか。もし決戦が早く決着すれとすれば、いや、家康殿なら必ず我らが西軍を足止めしているうちに決着をつけてくれるはず」 「左様です」 「行ける! 目印があれば士気も上がる。そう、あと三日」 「あと三日持ちこたえれば」  ーー三日持ちこたえれば我らの勝ちだ。そうなれば。 「京極家の再興……」  もう夢ではない。手の届くところまで来ているのだ。誇りと共に名誉も取り戻すことができるのだ。 「ご苦労であった。孫左衛門、休め」  あと三日。現実的な数字である。できなくはない。今、京極の兵は一枚岩となっている。高次さえ諦めなければ、最後まで戦いぬくことは可能だ。 「門斎。皆に伝えよ。あと三日とな」    高次の胸にはみなぎるものがあった。 
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