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次の日(十四日)、西軍は驚くほど静かだった。一切の攻撃が止み、戦など終わったかのように穏やかだ。高次達は何が始まるのかと警戒していたら、悠々と大津城へ歩いてくる僧の姿が見えた。その脇に警護の者を連れている。
「あれは使者だ。通せ」
僧は木喰応其といい、高次と同じ近江源氏の出の者で、眉の太い高尚な老人だった。大津城籠城の方を聞き、紀伊国高野山からはるばる和睦のためにやってきたのだ。
高野山は日本仏教の聖地の一つであり、当然、木喰応其を粗略にはできない。
「高次様。こたびは和睦の使者として参りました」
「遠路はるばる申し訳ない。しかし、和睦には応じれません。決意は固いのです」
木喰応其は簡単には折れなかった。
「では太閤様への恩義はどうされます? 今の高次様があるのは太閤様のおかげではありませんか。今こそ恩義に報い、名家としての誇りを取り戻すべきではありませんか? 高次様が西軍に戻れば、その影響は計りしれないでしょう」
「今、誇りと申したか。わしの考えは違います。勇敢に戦うことで誇りを取り戻したいのです」
「勇敢に戦うのは西軍でもできましょう」
「西軍ではいけません。恩義といっても既に秀吉様は死んでおられる。それに秀頼様は戦おうとしておられるか。違うではないか。西軍は三成殿の私欲の軍ではないのですか?」
「それは言い過ぎでしょう。私欲は東軍とて同じ。それに本音を言えば……」
木喰応其が憐れみの顔を浮かべる。
「同じ近江の出の者として、高次様には死んでほしくない」
「死ぬだと。わしが弱いと申すか。負けると申すか?」
「勝てると思っていますか?」
高次は言葉を失なった。天守閣を襲った砲撃を、正確無比な銃撃を、鬼神のような立花宗茂を思い出した。高次は熱くなってきた。
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