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「だがいくら家康殿でも苦戦をするかもしれん。石田三成率いる西軍も強力だ。しかし、いま、西軍の戦力は半減している。我らが西軍を分断しているからだ。家康殿はこの機を逃さず、必ずや勝利をあげてくれるだろう」
高次は声が掠れてきた。
「我らの決死の籠城戦が家康殿に勝利をもたらすのだ。そして勝利の暁には、我ら京極家は誇りを握りしめて再興を果たすだろう」
高次はもう一度、皆の顔を見ていった。
大炊介の顔には復讐の色が見えていた。しかし目が合うと明るく笑い「死ぬ準備はできています」と呟いた。孫左衛門は満足げに見える。赤尾伊豆は相変わらず強きな顔をしていた。
兵の一人一人を見ていく。ようやく自分も武士になれたのだと誇らしげだった。みな、死ぬ準備の出来た顔だった。
竜子はこの場にいなかった。でもきっと竜子は、作ったような微笑みの下に、不安を隠しているのだろう。
門斎を見た。黙ってこくと頷いた。
それは戦う準備はできている。死ぬ準備は整っているという意味だった。
西軍の総攻撃が始まれば、ただじゃ済まされないのは目に見えてわかっている。心の底では誰もが気付いていた。どれだけ頑張ろうが圧倒的な力の前に負けるしかなく、次の戦できっと討ち死にするだろうと。皆それでいいと思っていた。誇り高く戦った上での死は名誉であり、戦国の世を生きる者にとって憧憬の対象であった。大津城という天下に轟く美しい城と供に散る人生も悪くないかもしれない。
「家康殿と同じく、今日は我らも決戦の日だ。人生で最も輝く日になるのだ。力の限り、わしと」
言葉につまった。
ーーわしと死ぬまで戦おう。
その言葉が喉につまって出てこない。
「立花が何だ。西軍がなんだ。京極の強さを見せつけようぞ。わしと……」
ーー死ぬまで戦おう。
言えない。
みな死ぬのか。今、目の前にいるものたちの顔には生気が満ち、全身をくまなく血が通り、真ん中には心がある。それなのに、こやつらはいなくなるのか。そう思うとどうしても言えなかった。
ーーなぜだ。
今更、臆病風に吹かれたわけではない。わしは誇り高く戦いたいのだ、と高次は心の中で叫んだ。それなのに、皆の顔を見ると、どうしても最後の一声が出てこない。
ーーそうか。そうなのだな。
高次は満面の笑みを作った。
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