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「わしはやはり蛍大名だ」
皆、その言葉の意図がわからない。
「やはりわしは臆病で軟弱だ。ここにいるもの達に死んでほしくない。この戦場に懸ける者たちよ、心から詫びる。活躍の機会を奪って申し訳ない」
高次は頭を下げた。
「皆、わしを恨め。蛍だと馬鹿にし、軟弱だと罵れ。臆病者だと言いふらせ。わしはそれでいい。いや、それがいい。蛍大名のままがいい」
高次の言葉は柔らかな風のように耳に心地よかった。
「降伏する」
皆、言葉を失った。
「わしは降伏する。だが、約束する。わしはどうなってもいい。しかし、ここにいる者は誰一人傷つけさせん。誓う。かわりに、皆、生きれ! わしが言いたいのはそれだけだ」
なんのために戦っていたのか、ここぞという所で匙を投げた。復讐に燃える大炊介はどうなる。勇敢に戦った兵達の死はどうなる。あと少しで誇りを掴めそうな兵達はどうなる。
高次のせいで全てが水の泡に消えた。大事な局面で逃げる、いつもの高次ではないか。しかし、その決断に迷いはなく、背筋を伸ばして胸を張っていた。
誰も一言も発しない。高次は静寂の城内を一人悠然と歩いた。
ーー戦をして得るものに何の意味がある。戦をしてまで失うものに何の意味がある。皆の命より価値のあるものなのか。
血で血を洗ってきた戦国の世に、到底受け入れられる考え方ではない。だが高次はそれでいいと思った。名誉ある死を否定したい訳ではない。だが、納得した上で、美しい死よりも醜い生を選んだのだ。このために自分がどれだけ卑下されようが恨まれようが構わないと思った。
高次の根源にあるのは優しさだ。その優しさあればこそ、臆病にも優柔不断にもなりえる。戦の世界に優しさなど必要ない。戦って得るものとは、屍の上に築くものなのだ。人の命を労る優しさは邪魔になり、それは弱さに繋がる。戦国の世において優しさとは愚かさだった。
ーー愚かでいいではないか。
高次は城の外に出た。仰げば一点の曇りもない青空が広がっていた。
「これがわしだ」
誰に向けた言葉か、高次の言葉は鈴のように凛としている。
爽やかな風が吹き抜けた。
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