戦の果てに

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 徳川家康は幸福に満ちていた。肥満した体をようやく満腹になったかのように叩いて喜んだ。織田信長に酷使され、武田信玄に蹂躙され、豊臣秀吉としのぎを削りあってきた、あらゆる英雄を側に見てきたこの男は一つの結論に達したのだ。 「もう戦など必要のない時代がくる。いや、違うな。戦のない世を作るのだ」  家康の口調は穏やかだ。  戦国の世は欲望と憎悪の時代だった。命の価値は低く、みな消耗品のように戦い死んでいった。だからみな、その死に価値を持たせようとした。鳥居彦右衛門は家康への忠義、大谷吉継は友との友情、石田三成は自分の信じる正義、みながみなそれぞれの誇りを胸に秘めて生き、死ぬことで貫徹したことを証明した。 「激動の時代が終わったのですね」  井伊直政が相槌を打つ。 「ああ。しかし激動は終わらんぞ。これから価値観が変わる。ここからが真の激動かもしれん」 「ほう。価値観」 「今までは強さこそが必要だった。戦いに勝つことが大事だった」 「ではこれからは?」 「はっはっは」  家康の二重顎は嬉しげに弾んだ。直政は次の言葉をじっと待っている。 「そうじゃな。これから大切になるのは……」
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