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終幕
「あ、蛍だ!」
「本当ですね。もうそんな季節ですか」
慶長十五年五月三日(1610年)。
霊通山 清瀧寺徳源院にいる俊道僧正と若い学習僧が話していた。豊かな水と霊峰に守られたこの地では、五月頃から蛍がよく見える。
「もう? ようやくそんな季節なんですよ。待ちくたびれました」学習僧は跳ねて喜んだ。
「歳を取ると時が過ぎるのが早くなるのです。色々ありましたからね」
「色々?」
「そう。色々」
関ヶ原の戦い後、立花宗茂は豊臣秀頼に大阪城に籠城し第二の決戦をしたいと申し出たが、戦う気のなかった秀頼は断った。その後、宗茂は柳川へ戻ったが、東軍の追撃に合い、所領を没収され浪人となった。しかし、家臣の多くは宗茂に着いてきた。宗茂は皆の食い扶持のために恥を忍んで江戸に上ると、将軍の御伽衆として大名復帰した。
徳川家康は征夷大将軍となり江戸幕府を開いた。着々と平和な世の礎を築いている。
竜子は出家して寿芳院と名乗り、京都西洞院に居を構えた。今、穏やかな生活を送っている。熊磨は忠高と名を変え、京極を継いだ。
また、壮絶な籠城戦を繰り広げた大津城は、長等山という弱点が露になったこともあり廃城。しかし、籠城戦に耐えた天守閣は縁起が良いということで、その美しさを残して彦根城へと移され、今も残っている。
関ヶ原の戦い後、10年で様々なことが起こったのだ。
「ああ、蛍が。行ってしまった」
蛍は暗闇に落書きをしながら、ゆらゆらと庭園の奥に飛びいってしまうと、学習僧は寂しげな声を出した。
「そういえば今日は命日ですね」
「命日。誰のですか?」
「蛍大名ですよ」
「ああ! 高次様ですね! でもそれがどういう意味なんです?」
「わかりません」
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