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放課後になり、学校には部活を行う生徒ばかり残っていた。部活に属していない生徒はもれなく帰宅していた。そんななか、部活生である俺もある教室へと足を運んでいた。
いや、少し言葉に語弊があるかもしれない。
部活としては学校に承認されていない部活に俺は属していた。勝手に部活動と言われ、勝手にその部活のメンバーに指名されて属しているだけにすぎないただの一人。
いつものように俺ともう一人の生徒しかいない教室の扉を開ける。そこには宇田さんが一人で席に座って、小説を読んでいたのだった。
「来たね」
宇田さんは読んでいた小説を机の上にドサッと置いて、こちらへ視線を送ってくる。
つい先ほどまで宇田さんが読んでいた小説は俺が書いた処女作であった。パソコンで書いていたものをコピー用紙に印刷し、それをホッチキスでまとめていたものを宇田さんは読んでいたのである。
「また読んでるの……」
「だって、面白いもん」
「そんなこと言ってるの、宇田さんだけだよ」
「まぁ、これ読んでるのも私と翔真君だけだからね」
今から二ヶ月ほど前に書き上げた十一万字ほどの処女作。書いた本人である俺が読んでいるのは当然のことだが、宇田さんに見られたのは偶然の出来事であった。たまたま休日に外で小説の案が出てきて書いていたところを宇田さんに見つかり、そこから小説が書き上げられた時には読ませるように約束され、今のような関係になったのである。
それまではまったくこれっぽっちも関係を持っていなかったクラスメイトであり、ただのすごい人に過ぎなかった。
「もっと他の人にも見せればいいのに」
「見せられないようになったのは誰のせいだよ……」
「その言い方。もしかして私?」
「もしかしなくても、宇田さんだよ」
「なんで? 私は面白いって言ってるよね」
「宇田さんが言う面白いは、物語に対する称賛じゃなくて、文章の拙さや誤字脱字に対する侮蔑でしょ」
「侮蔑だなんて、そんなことしてないよ。ただ、おちょくってるだけだよ」
「人をおちょくってる自覚はあるんだね」
「まぁね」
今すぐにでも帰りたかったが、今日はどうしても確かめないといけないことがあるから帰る意思をどうにか押さえつけて、宇田さんの向かい側の席に腰掛ける。
「でも、私が言った誤字脱字とかは修正してるわけでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「なら、見せたらいいじゃん」
宇田さんの前に置いてある俺の処女作の原稿の一番上の紙には“ver1.4”と手書きされていた。それは、宇田さんの言葉を元に、修正を加えた原稿であった。つまり、宇田さんの目の前にある俺の処女作はある意味ではしっかりと読める小説であった。もちろん、面白さは抜きとしての話だが。
いくら文法だの誤字脱字のないようなしっかりとした物語をかけていても、面白くなければ小説として意味をなさない。それに、まだ処女作。自分でも読めば読み返すほど口を出したくなるような箇所がある。そんなものを他人に見せるなんてできるはずもなかった。
「処女作なんて、他人に見せるものじゃないよ」
「私には見せておいて」
「それは、宇田さんが見てきたから……って、読ませろって言ったからだろ」
「確かにそうだけど、本当に見せるつもりがない、見せたくないのなら見せないよね? それこそ処女作なんだから。他のものに比べ拙いのは火を見るより明らか。それでも私に見せたということは、本当は他人に見て、読んで見てほしい。違う?」
宇田さんの言葉に何も返せなかった。なぜなら、彼女の言う通りだからである。
処女作で、文章の拙さはもちろんのこと、テンプレと言われるような物語で、ありふれているようなキャラクター構成。普通なら他人に見せるに値しないものだということは今になってよくわかっている。
しかし、自分でも初めてこれほどの長い小説を書き終えたこと。そして、自分とは違う評価、感想を聞きたくてしょうがなかったことが優ったのである。
自分の描いた世界が他人にはどのように映るのか。それが気にならないはずはなかった。
「そりゃ、見せたいけど、面白くないものを見せるほど図々しいことはしたくない」
「どうしてそこまで自分の書いた小説を卑下するかな。自分で書いたんだから面白いはずでしょ」
「それは……」
実際、書き終えた当初はとても面白いと感じていた。しかしそれも時間と、宇田さんという人物による批評でがらりと変わった。今ではそこまで面白いと思うことができていなかった。
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