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5話
目覚まし時計が鳴り、目を覚ます。【隣】で加州さんが身じろいだのが分かった。ぼんやりと目を開けて私を視界に写したと思えば、柔らかな笑みを浮かべて「おはよう、莉乃」と言ってくれる。
「おはようございます、加州さん」
私の笑顔も、つられてふにゃりと気の抜けたものになってしまう。お互いに一糸まとわぬ身なのに、私たちは穏やかな朝を迎えるようになっていた。
加州さんは早く帰ってくるようになった。仕事がすっかり落ち着いたらしく、私の耳元で「莉乃ともっとたくさん過ごしたい」なんて甘えた口調で言って、私の事を体の芯から溶かしていく。熱っぽくそんな事を言われてしまったら、私はもう彼に逆らうことはできない。
あの日以来、私の身も心も、何だか変になってしまっていた。
一緒に夕食を食べて、たまに一緒にお風呂に入って、寝るときは彼の部屋の大きなベッドで共に眠る。
そして、数日に一回、彼に抱かれ、互いの熱情に溺れる夜を過ごす。私を抱くとき、彼はこう囁くのだ、「莉乃、愛してる」と。その囁きと彼の優しい腕に抱かれると、体の力が抜けて、私は加州さんの事以外考えられなくなってしまっていた。体中を甘く愛撫され、快楽が全身を駆け巡り、加州さんのたくましい体が私を貫く。そのたびに、私は何度も加州さんの名前を呼んでいる。そして最後は、二人同時に果てて眠りにつく――私たちの生活は、そんな風に過ぎて行った。
朝食の用意をしていると、身支度を加州さんは私の背後に回って腰のあたりに緩く腕を回す。まるで甘えたがりの子どもみたいで、その仕草を感じるたびに、どうしても心が浮足立ってしまう。今まで感じたことのない感情は、彼に知られてしまうと思うと、何だか恥ずかしい。だから私は加州さんに悟られないように、少しだけ姿勢を正した。
「そうだ、今日は少し遅くなるかもしれない」
食卓テーブルに二人分の朝食を並べた時、加州さんがそう告げた。
「でも、晩飯はうちで食うから」
「分かりました。用意しておきますね」
私が彼の目を見つめながらそう言うと、加州さんは柔らかな表情で「頼む」と返事をする。
きっと、誰しもが思い描く【ささやかながらも幸せな生活】というのはこういうことを言うのだろう。私は自然とほほ笑んでいた。
「晩ご飯、何にしようかな……」
私は早速、加州さんのマンション近くにあるスーパーまで訪れていた。品ぞろえはとても豊富だけど、少し……いや、だいぶお値段が張る。最初は少し遠くにある庶民的なスーパーまで通っていたけれど、それを知った加州さんに止められてしまった。
「わざわざ歩いてあんな遠いところまで行かなくてもいいだろう?」
「でも……」
「金の事は気にしなくていい。もっと近い方が、莉乃だって負担が減っていいだろう」
加州さんは心配性な一面もあって、すぐに私の身を案じる。私はそれに甘えるように、近くのスーパーまで通うようになった。
オススメの商品を見ながら、私は店内を回る。加州さんは好き嫌いなく何でも食べてくれるけれど、お世話になっている分、美味しくて凝ったものを作りたい。カゴを持ち、私は悩みながらスーパーの中を巡る。加州さんはお肉が好きみたいだけど、たまにはお魚もいいかな……そんな事を考えていた時、私の肩を、誰かが強い力で掴んだ。
「……っ!」
悲鳴をあげようにも、声は出てこなかった。とっさに振り返ると、私は驚きのあまり零れ落ちそうになるくらい大きく目を丸めていた。
「おじいちゃん……?」
「はあ、やっと見つかった。探したんだぞ、莉乃」
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