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6話
「あ、お戻りになりましたか」
何もしゃべらない加州さんに連れて来られてたのは、どうやら加州組の事務所のような所だった。事務机が並んだ殺風景な部屋に、フジイさんが一人でいる。
「良かったですね、間に合って」
「あぁ。フジイ、あとは頼んだ」
「分かりました。明日の朝……いや、昼頃までは人払いしておきますよ。それと、例の風俗店ですね」
「場所、分かるか?」
「GPSの履歴追えばわかりますよ。あとはこちらでやっておきますので、どうぞごゆっくり」
フジイさんはにっこりと笑い、そして事務所から出て行った。鍵のかかる音が、重苦しく響く。
「お前はこっちだ、莉乃」
事務所から続くもう一つのドアの向こうに、私は押し込まれる。そこには大きな机と、来客用のソファセットが置いてある。私がふっと加州さんの顔を見上げる。彼の表情は、間違いなく怒りばかりが占めていた。それが少し恐ろしくて、私は僅かに彼から離れようとした。しかし、加州さんはそれに気づいたのか……私の肩を掴み、壁に押し付ける。そして――
「んんっ……!」
顎を持ち上げられたと思えば、次の瞬間、私の唇は彼のそれに塞がれていた。それは【キス】と呼ぶにはあまりにも獰猛で、まるで獲物に噛みつくようなものだった。唇に彼の鋭い歯が当たり、小さく痛みが走る。私が彼の胸を押し返そうとすると、加州さんは私の手を掴み、壁に縫い付けるように強く押しつける。
「かしゅ、さん……っ」
わずかに離れた時、私は彼の名を呼ぶ。しかし、その休息は束の間のもので、彼は再び唇を押し付けてくる。今度は、生暖かい彼の舌が、私の口内に滑りこんだ。
「んふ……っ、ふ……」
まるで呼吸をすべて奪われるような、荒々しい口づけだった。彼の舌は私に絡みつき、離れようとしない。乱暴だったけれどその愛撫は的確で、口内を蹂躙し、今まで知らなかった私の敏感な部分を刺激していく。私はどれだけ気を付けていても、体からは力が少しずつ抜けていき、抵抗できなくなる。それに気づいたのか、彼の手の力は弱まっていった。
「……はぁ、ぁ……」
彼の唇が離れた時、私はすっかり骨抜きになっていた。
「莉乃、お前、どうして逃げようとした?」
私は答えることもできる、視線を足元に落とした。
「俺の事が嫌になったのか?」
首を横に振って、それを否定する。
「それならどうして」
「……言えません」
「言え!」
「言えません!」
歯向かうように顔をあげる。私の目に飛び込んできたのは、幾筋もの涙を流す加州さんの姿だった。
「加州、さん……?」
私はいつの間にか彼の拘束から解き放たれた手で、彼の頬に触れる。指先に涙で濡れた。
「お願い、泣かないで」
「……止め方が分からない。お前がいなくなると考えたら、怖くて仕方がなかった」
加州さんは、今度は優しく……体全体で私の事を包み込んでいた。
「頼むから、俺の元から離れないでくれ」
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