6話

1/5
205人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ

6話

「あ、お戻りになりましたか」  何もしゃべらない加州さんに連れて来られてたのは、どうやら加州組の事務所のような所だった。事務机が並んだ殺風景な部屋に、フジイさんが一人でいる。 「良かったですね、間に合って」 「あぁ。フジイ、あとは頼んだ」 「分かりました。明日の朝……いや、昼頃までは人払いしておきますよ。それと、例の風俗店ですね」 「場所、分かるか?」 「GPSの履歴追えばわかりますよ。あとはこちらでやっておきますので、どうぞごゆっくり」  フジイさんはにっこりと笑い、そして事務所から出て行った。鍵のかかる音が、重苦しく響く。 「お前はこっちだ、莉乃」  事務所から続くもう一つのドアの向こうに、私は押し込まれる。そこには大きな机と、来客用のソファセットが置いてある。私がふっと加州さんの顔を見上げる。彼の表情は、間違いなく怒りばかりが占めていた。それが少し恐ろしくて、私は僅かに彼から離れようとした。しかし、加州さんはそれに気づいたのか……私の肩を掴み、壁に押し付ける。そして―― 「んんっ……!」  顎を持ち上げられたと思えば、次の瞬間、私の唇は彼のそれに塞がれていた。それは【キス】と呼ぶにはあまりにも獰猛で、まるで獲物に噛みつくようなものだった。唇に彼の鋭い歯が当たり、小さく痛みが走る。私が彼の胸を押し返そうとすると、加州さんは私の手を掴み、壁に縫い付けるように強く押しつける。 「かしゅ、さん……っ」  わずかに離れた時、私は彼の名を呼ぶ。しかし、その休息は束の間のもので、彼は再び唇を押し付けてくる。今度は、生暖かい彼の舌が、私の口内に滑りこんだ。 「んふ……っ、ふ……」  まるで呼吸をすべて奪われるような、荒々しい口づけだった。彼の舌は私に絡みつき、離れようとしない。乱暴だったけれどその愛撫は的確で、口内を蹂躙し、今まで知らなかった私の敏感な部分を刺激していく。私はどれだけ気を付けていても、体からは力が少しずつ抜けていき、抵抗できなくなる。それに気づいたのか、彼の手の力は弱まっていった。 「……はぁ、ぁ……」  彼の唇が離れた時、私はすっかり骨抜きになっていた。 「莉乃、お前、どうして逃げようとした?」  私は答えることもできる、視線を足元に落とした。 「俺の事が嫌になったのか?」  首を横に振って、それを否定する。 「それならどうして」 「……言えません」 「言え!」 「言えません!」  歯向かうように顔をあげる。私の目に飛び込んできたのは、幾筋もの涙を流す加州さんの姿だった。 「加州、さん……?」  私はいつの間にか彼の拘束から解き放たれた手で、彼の頬に触れる。指先に涙で濡れた。 「お願い、泣かないで」 「……止め方が分からない。お前がいなくなると考えたら、怖くて仕方がなかった」  加州さんは、今度は優しく……体全体で私の事を包み込んでいた。 「頼むから、俺の元から離れないでくれ」
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!