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「……大丈夫か?」
その呼びかけに私が首を横に振ると、加州さんは「悪かった」と頬を掻いた。
ソファの下には、私の着ていた衣類や加州さんのスーツ、ティッシュのごみが散らばっている。体はぐったりと重たくて、一糸纏わぬ身なのに、恥ずかしさも何も感じることはなかった。縛られていたはずの手首はいつの間にかほどかれ、私はすがる様に、何度も突き上げる彼の背に手を回していた。その証拠に、加州さんの背中には線状の赤い傷跡が残っている。
「お前だってヨカッただろ? あんなに散々『きもちいい』って言ってたじゃないか」
「そんなこと、言わなくていいです!」
加州さんは私の体にそっとワイシャツをかけてくれた。私はそれに身を包み、ゆっくりと起き上がる。外はすっかり暗くなっていて、今何時なのか、さっぱりわからなかった。
「莉乃には体力をつけてもらわないとだめだな。いつもすぐにへばってるだろ、俺はまだ足りないのに」
「か、加州さんが体力あまりすぎなんですよ」
「あと、それもやめてもらえるか? その『かしゅうさん』って呼び方」
「へ?」
「名字で呼ばれるのは他人行儀で嫌なんだ。ほら、言ってみろ、俺の名前」
私がゆっくりと「暁生さん……」と呼ぶと、彼は満足そうに笑った。
「よし。……そうだ、莉乃。もう一つ頼みがあるんだ」
私が首を傾げると、彼は少し恥ずかしそうに顔を伏せる。
「俺の親父に会って欲しい」
その頼みは、想定外のものだった。
「か……暁生さんの、お父さんですか?」
「ああ。俺の嫁になる女だって紹介したい」
「え? よ、嫁?!」
私は驚きのあまりすっとんきょうな声をあげる。
「何だ、嫌か?」
「嫌って言うか……びっくりしちゃって」
「俺は明日にでも籍を入れてもいいと思っているが。何ならそうするか?」
私が「心の準備が」と慌てふためくと、暁生さんは「だろうな」と笑った。
「でも……」
「でも、なんだ?」
「いや、ではないです……」
また顔中が熱くなっていく。きっと真っ赤に染まっているのだろう。暁生さんは私を抱き上げて、膝の上に乗せた。
「今度、指輪でも買いに行こう」
「いいんですか?」
「ああ、目に見える『首輪』があってもいいだろう?」
「……ありがとうございます。か……暁生さん」
「まだ慣れないみたいだな、その呼び方」
暁生さんは私の頭を優しく撫でる。その行為ひとつひとつが愛おしく、私はうっとりと目を閉じた。
「まあいい、いずれ慣れるか。時間はたくさんあるんだからな」
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