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「じゃあ、なんだかんだで二人は丸く収まったってことね」
ヒロコさんは私の髪をブラシで梳きながら、後ろで待っている暁生さんにそう話しかけていた。
「莉乃ちゃんから馴れ初め?聞いた時はドン引きしたけど、良かったじゃない! 初恋が叶って」
「おい、莉乃。コイツにどういう話をしたんだよ」
ありのまますべてです、そう言おうと思ったけれど、私は愛想笑いをしてごまかした。
私たちは今、ヒロコさんのブティックにいる。今夜はついに暁生さんのお父さんに会う日。どうやらお父さんは随分奮発してとてもいい所で食事をセッティングしてくれたらしく、私はその場に合う格好をするために、再びここにやってきた。
以前と違うのは、私と彼の気持ちが通じ合っていること。
そして……。
「でも、いつ見ても素敵ね、その指輪」
ヒロコさんが私の左手薬指を見た。今私の指には、彼が選んだ婚約指輪が嵌っている。中心の大きなダイヤモンドに花を添えるように、小さなダイヤがキラキラと光っている。一体いくらしたのだろう……といつまで経っても貧乏性な私は気がかりで仕方がない。
「ありがとうございます」
「幸せのおすそ分け、いっぱいもらわないと。結婚式、私も招待してよねー!」
「わかったわかった。口だけじゃなくて手も動かしてくれ、遅れたら困る」
「はーい!」
あれから、私の実家は彼が話していた通り、つつましい暮らしを送るのに最低限な仕事しか回さなくなったらしい。最初は狼狽えていたみたいだけど、次第にそれにも慣れていき、今は家族も楽しく生活できているみたいだと、覗きに行ったフジイさんが教えてくれた。私もいつか、彼をつれて実家に行くことが出来たら、と考えているけれど、暁生さんはそれには難色を示す。
「一度は俺に金の無心をしようとした奴らだろ? 俺の顔見たら、贅沢の虫が疼きだすんじゃないか?」
と話すのは建前。フジイさんがこっそりと、本当の事を教えてくれた。
「あれですよ、加州さんは『娘さんを僕に下さい!』をやるのが恥ずかしいらしいですよ」
それを聞いて、ますます愛おしさが募っていく。私が彼と一緒に実家に行くのは、まだ先になりそうだ。
ヘアセットとメイクが終わり、私は立ち上がる。真っ白なワンピースの裾が、ふんわりと揺れた。
「それじゃ、行ってらっしゃい! 莉乃ちゃん、今度ゆっくりお茶でもしましょうね」
「はい! ありがとうございます!」
「……その時は余計な話してくれるなよ」
私は暁生さんの腕をとる。私の歩幅に合わせて歩いてくれる彼の横で、背筋を張った。
「ヤクザの親分だから怖いかもしれないけれど、中身は気のいい親父だから。あまり緊張しなくてもいいからな」
「はい」
「……それにしても、随分見違えたな」
見上げると、彼は目を見開いて少しばかり驚いているようだった。
「そうでしょうか?」
「あぁ、一足先に花嫁衣裳でも着ているみたいだ」
その言葉が何だか嬉しくて、私はもう少しだけ彼に近づいた。
誰かと寄り添って歩くことができる。たったそれだけなのに、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて、今まで知らなかった。
彼の底知れぬ愛情に溺れるように、私たちは夜の街の中に溶け込んでいった。
~* fin *~
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