3人が本棚に入れています
本棚に追加
「バイトがしたい」
突然、そう思い立った。理由は特に無い。
ちなみに、兄の晴友が学費を自分で稼いでいるのも特に意味は無い。両親は健在で、むしろ裕福な方だし。
思ってしまったら、すぐに何かを始めたくなった。あるよねそういうこと。
家にあった履歴書を引っ張り出し、ボールペンで何も考えずに一発書きする。趣味は友人と犬、特技は寝ることと書いておいた。
封筒に履歴書を入れ、外に出る。あとはバイト希望のところへ提出して面接してもらうだけ。ただし、面接の電話はしていない。バイトをどこでするかも決めていない。
働きたい場所は無いが、働きたい。ただただ、バイトがしてみたい。とりあえず、次に出てきた店で面接してもらうことにした。
「おお、ここか!」
コンビニが見えてきた。心なしか、俺に働いてほしそうにしている。
――うん。無難だけど、初めてのバイトに向いてそうなところだ! さっそく店長を呼んでもらうぞ。
一目散に店内へ競歩して、ドアを全開けした。ドアちゃんはちょっとミシって言っていた。
「っしゃーせー」
「店長を呼んでください」
「は、はいぃ? クレーム……?」
やる気の感じられなかった店員が背筋を伸ばし、バックルームへ逃げていった。一分もしない内に、お腹がシュークリームみたいなおじさんを連れて戻ってくる。二人とも、表情がおぼつかない。働き過ぎて寝不足なのかも。コンビニ業界も大変なんだなぁ。
「お待たせ致しました。私が店長の――」
「面接に来ました!」
「え? 面接? クレームじゃなく」
「はい、面接に」
「ああ~、なるほど。面接、面接ね。よかった、君、レジに戻っていいよ」
「ほっ……あざーっす!」
喜々とした様子で声をかけ合う二人。なんか良いことあったのなら、同じ空間にいる俺にも教えてほしい。一度会って挨拶したら友だちって言うだろ?
「あれ、今日面接の予定入っていない、というか、今バイト募集してないはずなんだけど」
「歩いていたら目についたので、入ってみました。履歴書持ってきてるんでお願いします!」
「自由だねぇ~~~~、僕の話聞いてないかな?」
「宜しくお願いします!」
「聞いてないねぇ」
店長が首を傾げてため息を吐いている。更年期ってやつか。
「いいや。人が足りない時の補充くらいなら。とりあえずそこに座ってもらおうかな」
「はい!」
履歴書を受け取る店長に体が貫通するくらいの熱視線を送ると、店長は「今すぐ、店を出て高速を飛ばして海へダイブしたい」と呟いていた。
最初のコメントを投稿しよう!