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計画が狂ってバレたけど、あの親方が泣いてくれている。感謝の気持ちが伝わって、またも笑みを深くさせてしまった。
「フハハ、楽しいですね」
「怖いッもうひどいことしないから見逃してくれ!」
「やだなあ、ひどくないですよ。俺、親方のこと尊敬してます」
「会話のキャッチボールゥ!!」
「フワアアイヤァァ」不思議な鳴き声を上げて、親方が崩れ落ちた。疲れてるんだな。でも、外で寝たら風邪を引くかもしれない。部屋に運ぼう。
「よいしょ」
結構重いな。九十キロあるって言ってたっけ。自分より三十キロある人間を持ち上げるのは面倒なので、わきの下に手を入れずるずる引っ張っていく。少々靴が削れたみたいだけど、体調を悪くするよりいいだろう。
部屋の入口に親方を放り投げて、作業を再開させる。
「明日、他のみんなも喜ぶかなあ」
同僚の顔が思い浮かぶ。名前も半分は分かるぞ。
今日は三時間くらいしか寝られなさそうだけど、みんなの笑顔が見られたらそれで十分だ。
「フフ、ハハハ、ハッハッハァ~~ッ!!」
午前八時半、ダンベルを付けた瞼を叱咤して、数時間前までいた現場へ出勤する。
「お早う御座います!」
すでに集まっている同僚に声をかける。その奥に親方がいたので、とびきりの笑みを贈った。
「ハアアァア岡崎さんッッ」
「はれぇ?」
目が合った瞬間、土下座された。
どうしたんだ、眩暈かな? お薬飲む?
同僚がどよどよ周りの人間と話し出す。今日の昼食の話だろうか。
自分だけが蚊帳の外にいる気がして、輪に入ろうと近づく。親方が奇声を上げた。
「オエエァアッ岡崎サンッ岡崎様! どうかこれをお受け取りください! 本部の人間がまもなく参りますので、お気持ちをお鎮めになって頂きたい! ほらっお前らも頭を下げろ! 目を合わせるな! 懇願しろ!」
「え、と、お願い、します?」
「よく分かんないけど、岡崎君達者でね~」
次々に手を振られる。よく分からないのは、こちらも同じだ。しかし、社会人としては先輩がしているのだから自分も真似た方が賢明だろう。手を振ってみたら、ようやく親方が顔を上げてくれた。すんごい泣いてる。
「了承有難う御座います! そうだ、預からせて頂いていたコートをお持ちしましたので、お召しになってくださると光栄の極みです!」
光栄の極みってなんか強そう。心なしか綺麗に、というか生地も違っている感じのコートを受け取る。もっとこう、薄くてぺらぺらしていた記憶があるけど、まあいいか。
「お似合いで御座います! ささ、お車が到着しました。どうぞあちらへ、素早く、光の如く、私みたいな下賤の者には目もくれず出発してくださいませ!!」
「いやあ、皆さんには最後までお世話になりました。また機会があったら、改めて挨拶にでも」
「滅相も御座いません! 貴重なお時間はご自分の為にお使いくださいさようなら!」
力強く見送られた。
入口へ振り返ると、黒塗りの高そうな車があったので乗り込んでみる。おお、ふっかふかだ。会社の重役にでもなったみたいだなあ。
本部に用意された俺のデスクには、これまたふかふかの椅子と、俺の名前が書かれているプレートが飾られていた。
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