よしお

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 グウウウキュルンッ。 「晴友、昼食べに行こう」  空腹を訴える腹を押さえ、晴臣がソファに座る晴友へ呼びかける。しかし、晴友の耳へは届いたものの、作業に集中していて返事もままならない。 「ん、うーん。うん」 「どっちだ」  行くのか行かないのかはっきりせず、晴友の元へ向かう。よほど難しい宿題でもしているのかと思えば、なんのことはない、パズルをしているだけだった。 「出来上がったら、どんな絵になるんだ?」 「白」 「白? 雪の絵とか?」 「いや、ただの白。絵とか無いんだ。何もない、白だけのパズル」  必死になってやっているのは、白いピースが千個もあるパズルらしい。ヒントがゼロのため、非常に根気のいる遊びである。 「面白いのか?」 「かれこれ五時間やってる」 「それは素敵だな!」  キョロキョロキョロ。  二人で笑っていたら、晴友の腹も鳴き出した。 「出かけよっか」 「うん」  今日は母がいないので、黙っていても食事は出ない。  財布と携帯電話をポケットに入れ、外へ出る。晴友は返してもらったコートがあり、最近は寒くならずに済んでいる。 「あれ、晴友のコートそんなのだっけ。なんだか綺麗だけど」  晴臣がコートの裾を触り、不思議そうな声を上げる。それに反応した晴友が、同じような声色で答えた。 「俺も着た時なんとなく違和感があったんだけど、親方が「岡崎様ので御座います! 満足頂けるとは思っておりませんが、どうかお納めください!」って言ってたから、俺のだよ。コートは親方が預かってくれてたんだ」 「へえ、じゃあもしかしてクリーニングにでも出してくれたのかな。優しい」 「そうなんだよ。ボタンも取れかかってたし色落ちもしてたのに、まるで新品」  ふいに風の流れが変わり、くい、とコートをつままれた。  晴臣の手ではない。振り向けば、鎖に繋がれていない犬がいた。 「ワンちゃんッ」  横の晴臣が先に動き出して犬に抱きつく。 「ワンちゃんっどうしたのリードも付けないで! でも、首輪はしてるなあ、家から逃げたのか?」 「はあ、臣は相変わらず動物好きだね。見ろ、犬が怖がってる。それよりも、この犬」 「――俺の財布をスろうとしてた」  その言葉に、晴臣は眉を下げて、犬の頭を撫でる。 「ええー……なら、始末するのか? こんな可愛いのに」 「未遂みたいだし、そこまでは。というより、子どもの責任は親の責任。命令させた奴が罪を食らうのさ」 「そうか! そいつを」  ガタン!  二人が満面の笑みでこれからの行動を話し合っていたら、大きな物音がした。全身黒の服を着た、マスクの男が、自販機の前で蹲っている。 「大丈夫ですか?」  何をそんなに慌てたのか、自販機の角で膝をぶつけたらしい。  マスク男が勢いよく立ち上がり、両手を胸の前でぶんぶん振る。 「平気、どこも怪我してないから。じゃあなっ」  焦っている男の腕を、晴友が掴んだ。 「いでぇ!」 「この犬、お兄さんのですよね」 「いや、ちが」 「本当だ。お兄さんが持ってるリード、ワンちゃんの首輪と同じ柄」  晴臣が確認しようと手を伸ばすが、男がそれより早く後ろへ隠してしまう。 「飼い主だったら、なんだっつーんだよクソ野郎! 財布盗ってねぇだろ! テメェの思い過ごしだよ、バーカ!」 「教科書みたいな暴言だなあ」 「ナメんなよ、マッシュ! 行け!」  男の声で、犬が二人めがけて突進する。岡崎兄弟の瞳が揺れた。 「なるほど。俺たちは襲われているというわけか」 「じゃ、倒すまでだね」 「二度と立ち上がれないように」 「キャイィィイイインンンンンンッッ!!」 「逃げんなマッシュゥゥ!!!」  文字通り尻尾を巻いて逃げ出した犬を追いかける男。 「ちっくしょー! 覚えてろよ!」 「いや、覚えておく義理は無いので」 「なんだコイツら! 本屋行ったら欲しい雑誌全部売切れてろバーカ!」
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