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走りながら、あまり困らない呪いの科白を叫んでくる。
特にダメージを負わなかった二人が、遠くなる一人と一匹に手を振った。
さて、妙なことで時間を食ってしまったが、腹が減っていたのだ。ファミレスまで急がなくては。改めて歩き出すと、つい先ほどまで聞いた叫びが舞い戻ってきた。
「うおおおおおおおおお」
「待てェ! 石本良夫!」
「キャインッキュンキュンッ」
「マッシュゥッお巡りどもを引き付けろ! 俺が逃げ切るまでどうにかしろ!」
「フキュウンックゥンッッ」
「可愛くねぇよ!」
どうやら、警察に追われているようだ。犬に芸ではなく盗みのテクを教えている珍しい人種であるから、余罪があるとは思われたが、警察に目を付けられるまでであったとは。
身元がバレているのなら、捕まるのは時間の問題。というより、もう捕まる。
「ッックソォ使えねェ犬がよォ!!」
「被疑者確保ォ!」
「ほぅ、犯罪者が捕まるところ初めて見た」
「迫力あるねえ」
映画を観ている感覚で感想を言い合う二人は、極めて笑顔だ。
警察官の一人がこちらを向いた。
「騒がしくしましたね」
「いえ、全然。興味深かったです。ところで、その男が捕まったら、犬はどうなるんですか?」
「一人暮らしだと聞いているので、どこかに保護されると思います」
保護、ひとまずは安心か。しかし、もしも引き取り先は見つからなかったら? 里親が乱暴な人間だったら?
関係無い、気にする必要の無いことであるはずなのに、犬の未来が気になって仕方がない。晴臣が高々と手を掲げる。
「はい! はいはい! 俺たちが里親に立候補していいですか?」
「え! 君、が!?」
「出たー、家族の相談無しに動物拾ってきちゃうや~つ」
「で、いいですか!」
懸命な物言いに、警察官も無下には出来ず、パトカーの中に追いやられている男へ話を付けに行った。ものの数分で戻ってくる。
「君! 犬をあげてOKだって! 金が足りなくて、元々犬を誰かにやるつもりだったらしい」
「本当ですか! やった~~!! やったな晴友!」
「はいはい。ところで、俺兄貴だから、ちゃんと「お兄ちゃん」って呼んでね」
「いまさらか」
警察署で必要書類を書き終え、ほくほく顔で家を目指す。そういえば昼食がまだだったが、犬がいるためレストランには入れない。コンビニで適当に見繕って帰宅した。
「ふふ、可愛いなあ。お前」
晴臣がやたらめったら撫で続ける。時おり控えめで拒否の声がするけれども、それすら愛おしいのか、ずっと抱きついている。それを見ていた晴友が、ぽつりと声を漏らす。
「名前何にするの」
晴臣が顔を上げる。
「ワンちゃんじゃダメだよな」
「うん、さすがに。そいつの名前なんだっけ。確かお兄さんが呼んでたよね」
「んー……なんだったか」
「うーん」
「えーと、あー……よしお?」
「そうだ! よしおだ! よしおのままでいいんじゃないか」
「いいと思うよ」
とんとん拍子に決まった事項に、犬、改めよしおの耳が下に垂れる。
晴臣が頭を優しくもぐしゃぐしゃ撫でた。
「よしおかあ! 宜しくなよしお!」
「ク、クゥン……」
「やっぱり、慣れた名前だとすぐ返事してくれるなあ。よしお!」
「キュゥ……」
こうして、マッ……よしおが仲間になった。
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