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「月香、今日もいい天気ね」
シャッとカーテンを開ける音がする。いい天気ってことは、この部屋にも光が差し込んでいるはずだけど、私には暗闇しか感じられなかった。
「でももうすぐ雨が降るみたい。今はこんなに晴れているのに……」
植物状態になってから数ヶ月。私はずっと、目を覚ましていない。それどころか、出来ないことがどんどん増えていった。
呼吸機能が弱くなり、今は呼吸器に頼りきっている。筋力が落ちたのか、反射で手を動かしたり、笑ったりすることも無くなったそうだ。
その代わりに私は、死に向かって確実に、1歩1歩進んでいることを実感し、反射ではない涙を、よく流すようになった。
「……ねぇ、月香」
ママが優しい声で私を呼んだ。
多分ママも私も、同じものを感じてる。
きっと今日が最後の日。
「……健康な身体に産んであげられなくて、ごめんね」
……やめてよ、そんなこと言わないで。
「だけど、パパもママも、あなたが生まれてきてくれて、すごく幸せだった……ありがとう」
身体は弱かったけど、優しいパパとママがいて、最高の親友も出来た……。私も幸せだったよ。
ーーありがとう。
熱い涙が頬を伝う。
私が最期に泣いた理由。
それは反射反応でも悲しい涙でもない……感謝の涙。
……ピーー
さっきまで短い心拍を刻んでいた電子音が、無機質で真っ直ぐな永い音になり、部屋に響いた。
「つきか……月香、今までよく頑張ったね……おやすみ」
ママが私を抱きしめて、その涙が私の布団を濡らす。私の涙はもう冷たくなって、枕へと落ちた。
病院の外では、雲の涙が乾いた大地を同じように濡らしていた。人々は反射的に傘をさして歩き始める。それはまるで、どこか知らないところで散った命への献花のようでもあった。
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