43. 影縫いの在り方

1/1
前へ
/59ページ
次へ

   43. 影縫いの在り方

 日の出は午前五時過ぎ、詠月が何をするつもりでも、影がより濃い夜の内だろう。  それほど時間は残されていない。  ちょうど錦も、銃部分を外してすっきりした弓を携えて戻ってくる。 「支部を出よう。南へ行く」 「あの、私は影縫いでもいいのかな」 「西陣の話を気にしてるのか」  先代が彼女を見初めたとは言え、最後は別の道を勧められた。  自分と西陣は同じではないのかと、錦は思い出を辿る。  夢で弓に呼ばれたなんて劇的なエピソードも無く、小動物以外の影を縫ったのは奈良が初めての経験だった。  ロクと行動を共にして以来、彼女は様々な影縫いに出会う。  影縫いに誇りを持つ夷川。  自己の鍛練を欠かさない鷹峯。  吉田は人として生きる変わり種で、上七軒は縫い具そのままの人格だったように思えた。  (ひるがえ)って、錦自身はどうなのか。  先達であるロクの命に従い、無我夢中で矢を射た。  そこに彼女が拠り立つ主義など存在しない。 「無我夢中で構わん。ただ、縫い具は強い力を持つから、(あるじ)にも影響が出る」 「上七軒みたいに?」 「そうだ。心根の曲がった奴が使い続ければ、より酷い曲がり方をする。詠月の配下がそれだろう」 「ロクみたいに、影響されない人もいるよね?」 「影は必ず深くなる。俺だって例外じゃない」  端的に現れるのが、縫いたいという衝動だ。  人の食欲や睡眠欲の代わりに、影縫いは影を求める。  精神の弱い者は、そこに他の不純物も乗せてしまう。銀林なら、強さへの執着といった欲望であろう。  こうなると影縫いには不適で、力を自分のために振るうようになる。 「だから俺は掟を定めた。影縫いは影を縫う、満たすのは影への欲求だけでいい。それを破るなら、他の影縫いが粛清する」 「ロクが定めたって、掟は確か大昔から――」 「弓を持つなら、縫うことだけ考えろ。自分がどう在りたいかには、追い追い行き着く」  答えの出ない悩みより、錦には行動が似合う。  弓を受け継ぐと誓った覚悟を思い返し、彼女はロクの指した道を進むと頷いた。 「でも、万一私が道を誤ったら?」 「俺が縫う。心配するな、俺が必ず縫いに現れる」 「……うんっ」  錦なりに結論が出たのを待っていたように、オペレーターが二人の会話に割って入った。 「不審な影の目撃情報をデータ化しました。五分前までの報告です。ご覧になりますか?」 「ああ、見たい」  午前一時から三時過ぎまでの報告が、時系列順にモニターへ表示される。  画面一杯に輝く青い点は、市街全域に散らばった。  午前二時半以降に絞って、ロクは表示させ直す。  西の青点が減り、右京区から南部にかけて光が偏った。  この支部から南へ下るルートが、敵の出没地点と重なる。 「さっきの北斗が仲間に伝えたなら、俺たちを意識した布陣か」 「夷川さんは無事かな」 「円町は西京極だから、どっちにしろ敵が多そうな場所だ。あそこは……」  西京極に何かあるのか、ロクは地図に向かって人差し指を動かし始める。  拡大画面を映させたかと思うと、支部の裏口の場所をオペレーターへ質問した。  地図の次は錦を見つめて、拳を口に当てる。たまに彼が見せる、考え込む時のポーズだ。  居心地の悪い彼女を、タイムアップに間に合わせた阿東が救った。  三十分きっかりで、彼はそれなりの成果を提示する。 「宮内庁の別局に、神具管理局がある。そこの局長を怒鳴りつけたら、少し吐いてくれたよ」  月輪と陽鏡については、『日月神宝之承録』という名の記録書が伝承されていたらしい。  これが幕末に失われた文書で、月輪に関しては所在も能力も分からなくなった。  陽鏡も同様なもののレプリカが現存するため、いくらか口伝で判明したことがある。  儀式に使用する八咫鏡(やたのかがみ)は、名前の通り八枚が厳重に保管されていた。  (あた)とは女性の手の大きさを表す語で、神鏡は全てこのサイズだ。  オリジナルとなる陽鏡も当然同じ形状をしているはずで、一枚が清涼殿に埋まっているのは今夜確定した。  陽鏡の役割は、都の光と闇を制御する中心となること。  古代の八都に埋められた八つの鏡は室町時代に禁忌とされ、掘り返された記録が無い。  陽鏡は神域の落し(がね)。  問わず語らず、触れるべからず。  言い付けは守られ、陽鏡は今も清涼殿やどこかの遺構に、或いは近代建築の下で眠る。 「決まりだな。詠月は長岡京のどこかに埋まる陽鏡を利用しようとしてる。宮跡のある鶏冠井町(かいでちょう)辺りが怪しい」 「影の領域を広げるつもりだと?」 「鬼門に流し込む影の量が桁違いだ。近畿どころか、関東まで届きかねない」  すぐに発動へ移れないのは、条件が整わないからだろう。  御所での発動に立ち会ったロクには、詠月が必要としているものに見当が付いた。 「ヘリは何機出せる?」 「二機なら、無理を通せば」 「全然足りない。最低でも七機必要だ」 「消防や民間機も借り上げれば、不可能ではないが……」  局が連絡を取れる影縫いには、合図を待つよう伝えろと、ロクは手順を説明した。  阿東のゴーサインで、皆を府警本部へ集合させる。  影縫いを狩らせてはいけない。影を太らせると、この巨大な鬼門が扉を開く。 「吉田にも同じことを伝えてくれ。集めた影縫いを空輸して、長岡京へ運ぶ。鹿苑寺がいない今、空なら安全だ」 「分かった、影縫いを回収する車も出そう。他に必要な物は?」 「阪急へ頼んで臨時車両を走らせてほしい――」  細かく指定されるロクの要求を、阿東はメモに取る。  民間企業相手では交渉に時間が掛かると予想されたが、こちらはヘリより後に回して構わない。 「縫い具の回収に隠蔽工作、あんたのやることは山積みだろ。俺たちを運んだら、後は影縫いの仕事だ」 「……娘を頼む」  承諾の意味で片手を挙げ、ロクは管制室のドアに手を掛けた。 「地下鉄へ出る。裏口を開けてくれ」  阿東の案内で地下鉄との接続口へ赴き、滅多に使われない扉を開けさせる。  ホームから少し離れた地下抗へ出たロクと錦は、線路脇を西へと走った。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加