47. 車中戦闘

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   47. 車中戦闘

 鳶口を側壁の上部に突き、宙返りして車体の屋根へ着地する。  風圧が彼を押し倒そうとしても、影には無意味だ。  六号車へ跳び乗ったロクは、一両分の屋根を駆け抜けた。  五号車へ渡ってすぐ、真横を向いて鳶口を打ち下ろす。  手応えが悪く、もう一度。  窓ガラスを十分に弱らせたところで、くちばしを屋根の端に打ち付けた。  先程とは逆に、鳶口を支えにして電車の側面へ落ちる。  窓へ蹴りを入れると、ガラスは内部へ割れ外れた。  再び車内へ戻った彼は、前の車両を一瞥してすぐ、六号車へ向かう。  五人目の姿が無いのは、やはり最前部へ行ったのだろう。  ロクたちが車内に留まるように、敢えて停めるのを遅らせているのか。  連結部のドア二つを開け、ロクは中央付近に(たむろ)する敵へと走った。  後ろを警戒していたのは一人、金属バットのような金棒を持つ男。  先端に短い(とげ)がついた鬼棍(きこん)は、破壊力はあってもスピードが遅い。 「後方から影縫い!」  仲間に警告するのは間に合ったが、急接近したロクには動きが付いていかない。  彼を狙った鬼棍が床を砕く。  ロクは既にシートの上へ回避しており、金棒を握る手の甲をくちばしで潰した。  彼の横顔へ鎖が伸びる。  屈んで回避しようとした彼を追って、鎖も軌道を変えた。  鎖が弾いたロクの前髪が、影となって散る。  御室の鎖には影矢が刺さり、コントロールが微妙に狂わされていた。  ロクに合わせて突入した夷川が、千手鈎と槍の男の両方を縫う。  嵐山は腹を羂索で縛られ、短槍の三年坂(さんねんざか)は投げた独鈷杵で縫い留められた。  錦は御室が使う鎖を狙い、矢を乱射する。  夷川が二人を始末してくれたお蔭で、御室の攻略は楽になった。  引き絞った羂索が嵐山の腹をくびり切り、絶叫が車内の空気を震わせる。  凄惨な血潮が、幕引きの合図だ。  柄の真ん中を両手で握ったロクは、棍術の如く鳶口の持ち手側を敵に向けて構えた。  邪魔な鬼棍の男を柄の端で押し倒し、続けて半回転させたくちばしで鎖を打ち払う。  錦の矢が鎖の勢いを殺し、迎撃は容易い。  またくるりと回した鳶口の柄を、御室の胸に突き入れた。  時を移さず、くちばしが下から顎を狙う。  鎖を短く持って鳶口を受けた御室だったが、次の瞬間、矢がこれでもかと連射された。  肩や背中に十本近く影矢を食らい、御室の手から力が抜ける。  鳶口は顎を貫き、血だらけの鎖は床に転がった。  呼吸困難に陥った三年坂を夷川が独鈷杵で殴りつけて、六号車の戦闘は集結する。  これを知ってとは思えないが、電車がガクンと速度を落とした。  一人よろめきながら、錦が窓へ寄る。 「着いた?」 「いや、まだ半分くらいのはず」  車窓へ目を遣った夷川が、ここはまだ向日市だと確認した。  ロクが鳶口でドアをこじ開け、円町も再合流して四人は線路脇へ飛び降りる。 「年寄りには堪える騒ぎじゃな。ここからは歩けと?」 「五人目の仕業だろうが、走るしかないな」 「烏丸ロクっ!」  叫び声は、列車の前方から聞こえた。  突風のように近づいた声の主は、顔の分かる距離まで来て少しだけ影を解く。 「一対一での勝負を希望する」 「お前が五人目だったのか」  錦とそう変わらない歳だが、髪は短く男性的で、幼さは微塵も感じられない。  何より特徴的なのは、額から右頬にかけて走る大きな傷痕。(のこ)傷の影縫い、という渾名はここから付いた。  本当は事故に因る怪我なのだが、ロクに突き付けた縫い具が見た者の印象に強く残ったせいだ。  黒い三日月を思わせる曲がり鋸が、彼女の縫い具だった。 「この先の小畑川(おばたがわ)に、詠月は防衛線を引いた。ヘリで越えられると思ってるなら甘い」  西陣の言葉に、皆は北の空を見上げた。  まだ小さな(さえず)りではあるが、ローターの群れは着実に音量を上げていく。 「錦、吉田に川の前で待機するように伝えろ。夷川は爺さんを連れて偵察して来てくれ」  ロクの指示通り、錦は端末で吉田を呼び出した。  羂索を今にも繰り出しそうな夷川も、ロクがもう一度頼みを繰り返すと南へ走り出す。  不服そうな顔のまま、情に溺れるなよと一言残して彼は去った。  人遣いが荒いと文句を言いつつ、円町も西陣の脇を抜けて彼を追う。  西陣は夷川たちへ手を出さず、曲がり鋸を大きく体から離して構えた。  鋸の両端は短い握りになっており、歯は無い。歯が在るのは弧の外側だ。  二尺、六十センチの三日月を持つ黒いライダースーツの女。どこぞの工作員にも見えるこの姿が、普段と同じ彼女の戦闘スタイルだった。  西陣の細い目の中で、瞳が月光を反射する。 「お前は……洗脳されてないな」 「する必要が無かったから」 「何のための一騎打ちだ?」 「詠月の作る影の世界と、あなたの言う影縫いの世界。どちらが正しいか、見極めさせてもらう」  口で説得しろというのではなく、ロクが正しいなら自分を縫えと要求していた。  覚悟無く影縫いになった西陣が、自己の変質に悩んだのは想像に難くない。  大多数の()からはみ出た生き方に、彼女は疑問を抱えてしまったのか。 「いいだろう。錦も夷川を追え」 「見届けたい」 「……なら、もう少し離れておけ」  駆け出したロクは、西陣の首へ鳶口を振るう。  それを避けて彼女が真上にジャンプしたのを受けて、彼は小さく円に走った。  西陣は宙で回転して滞空時間を稼ぎ、鋸から先に倒立して落下する。  鳶口の群れが着地点へ倒れ込んだが、彼女の体へくちばしが触れるより先に後方へ跳び下がった。  追撃するロクに合わせて、西陣の鋸歯が闇を裂く。  横一文字に生まれた断裂は、触れると縫われる攻防一体の危険なラインだ。  曲がり鋸は影を斬り、暫くの間、傷は滞留する。  この長い切断時間が、西陣の縫い具が持つ最大の特徴だった。  断裂の下へ滑り込み、ロクは彼女の足を狩る。  軽く跳んで回避した西陣を後ろから鳶口が襲い、彼女の肩から影が噴いた。  鋸を二度斜めに振ってロクの行動を阻害しながら、西陣は大きく間合いを広げる。 「踏み込みが浅い」 「お前も速いからな。もう少しスピードアップしよう」  立ち位置が入れ替わった今、錦からは西陣の背がよく見えた。  強がる彼女だが、肩甲骨辺りのスーツが破れ、影がしつこく立ち昇っているのが分かる。  阿東の頼みを聞いて尚、ロクは手加減無しで攻撃しているようだ。  錦は息を詰めて、影縫い同士の闘いを見守った。
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